エステル・アミド・酸塩化物・酸無水物は、まとめてカルボン酸誘導体と呼ばれます。どれもアシル基(RCO–)1に、酸素・窒素・ハロゲンなどの基が1つ付いた形をしています。
カルボン酸誘導体の加水分解・エステル化・アミド化は、見た目はばらばらでも、その多くは同じ1つの機構で進みます。求核剤がカルボニル炭素に付加し、元から付いていた基が外れる、求核アシル置換反応(nucleophilic acyl substitution)です。この記事では、その機構と、誘導体ごとの反応性の違い、酸触媒の役割までを順に見ていきます。
図1に、この記事で扱うカルボン酸誘導体を、すべてアセチル基(CH3CO–)で並べました。カルボニル炭素に付いている基(Cl・OCOCH3・OCH2CH3・NH2・OH)だけが違います。
カルボン酸誘導体が求核剤と反応して、別のカルボン酸誘導体(またはカルボン酸)に変わる反応を、求核アシル置換反応と呼びます。例として、酢酸エチルを水酸化ナトリウム水溶液で加水分解する反応(けん化)の電子の動きを図2に示します。
1段階目は付加です。C=O結合は酸素の側に電子が偏っているので、カルボニル炭素は正に分極しています。水酸化物イオンはこの炭素を攻撃し、C=Oのπ電子は酸素の上へ押し出されます。
その結果、もとは平面の三方向に結合していたカルボニル炭素が、4本の単結合を持つ四面体形の炭素になります。この化学種を四面体中間体と呼びます2。塩基性条件では、酸素が負電荷を持つアルコキシドの形です。
2段階目は脱離です。酸素上の電子対がC=O結合を作り直し、そのかわりに炭素に付いていた基の1つが、結合の電子対を持って外れます。ここで外れたのがエトキシドイオンなので、全体としてはOCH2CH3がOHに置き換わったことになります3。
同じ「置換」でも、ハロゲン化アルキルのSN2反応とは進み方が違います。SN2反応は、求核剤が背面から攻撃するのと同時に脱離基が外れる1段階の反応です。求核アシル置換では、まず付加して四面体中間体ができ、そのあとで脱離が起こります3。
四面体中間体は、反応の途中にいったん実際にできる中間体です。ただし寿命は短く、ふつうは取り出せません。多くの場合、できるとすぐに脱離か逆戻りのどちらかに進みます。
中間体が本当にできていることは、同位体の実験で確かめられています。Benderは、カルボニル酸素を18Oで標識した安息香酸エチルなどを塩基性条件で加水分解し、途中で残っているエステルを取り出して調べました。すると、反応が進むにつれて、未反応のエステルから標識が失われていました4,5。
これは、四面体中間体の中で、もとのカルボニル酸素(18O)と、水酸化物イオンから来た酸素が、プロトンのやりとりで入れ替われるためです。入れ替わったあとで逆戻りすると、標識を失ったエステルが戻ってきます。付加と脱離が同時に起こる1段階の反応なら、このようなことは起こりません。
カルボン酸誘導体とアルデヒド・ケトンの違いも、この2段階目にあります。アルデヒドやケトンのカルボニル炭素には、外れることのできない基(水素やアルキル基)しか付いていません。そのため、グリニャール反応やアルドール反応のように、付加した段階で反応が止まります。ただし、アルデヒド・ケトンでも、酸触媒のもとではカルボニル酸素そのものが水として外れる反応(イミンやアセタールの生成)が起こります。こちらはアルデヒド・ケトンへの求核付加の記事で扱っています。
求核剤は酸素や窒素に限りません。エステルのエノラートが別のエステルを攻撃するクライゼン縮合も、エステルにグリニャール試薬が付加してアルコキシドが外れ、ケトンができる段階も、同じ付加-脱離の型の反応です。この記事では、酸素と窒素の求核剤(水・アルコール・アミン)の反応を中心に扱います。
カルボン酸誘導体の反応しやすさには、はっきりした序列があります。酸塩化物がもっとも反応しやすく、酸無水物、エステルの順に下がり、アミドがもっとも反応しにくいとされています3。
この序列は、外れる基(脱離基)の外れやすさの順と一致しています。脱離基は結合の電子対を持って外れるので、電子対を持ったまま安定にいられる基、つまり弱い塩基ほど外れやすくなります。塩基の強さは、その共役酸のpKaで比べられます(表1)。
| 誘導体 | 脱離基 | 脱離基の共役酸 | 共役酸のpKa |
|---|---|---|---|
| 酸塩化物 | Cl− | HCl | 負(水中で完全に解離する強酸) |
| 酸無水物 | CH3COO− | CH3COOH | 4.76 |
| エステル | CH3CH2O− | CH3CH2OH | 15.9 |
| アミド | NH2− | NH3 | 約38(推定) |
表1のpKaは、酢酸・エタノール・アンモニアについてpKaの記事で採った値です。アンモニアのpKaは水中で直接測れる範囲を大きく超えるので、推定値です。
脱離基の塩基性と並んで、もう1つ効いているのが、カルボニル炭素の正の分極の大きさです。脱離基になる原子は、どれも非共有電子対を持ち、それをC=Oの側へ押し込むことができます(共鳴による電子供与)。押し込みが強いほど、カルボニル炭素の正の分極は弱まり、求核剤に攻撃されにくくなります。
塩素の電子対は、炭素の2p軌道とは大きさの合わない3p軌道にあるので、ほとんど押し込まれません。酸無水物の中央の酸素は、2つのカルボニル基に電子対を分け合っています。エステルの酸素は1つのカルボニル基に押し込み、アミドの窒素はそれよりさらに強く押し込みます。こちらの順序も、表1の反応性の順とそろっています。
反応性の序列を「脱離基の外れやすさ」だけで説明するのは十分ではありません。多くの求核アシル置換では、はじめの付加(四面体中間体ができる段階)が遅い段階になる3ので、反応の速さに直接効くのは、カルボニル炭素がどれだけ攻撃されやすいかの方です。脱離基の外れやすさは速さを直接決めるわけではありませんが、上の2つの要因はおおむね「その原子が電子対をどれだけ手放したがらないか」の裏表なので同じ向きにそろい、序列を読むときの目安になります。
アミドのNH2も、ClやORと同じくヘテロ原子の基です。しかし、窒素の電気陰性度は酸素や塩素より小さく、脱離基になるNH2−は非常に強い塩基です(共役酸のアンモニアのpKaは約38)。表1のとおり、脱離基としてはもっとも外れにくい部類です6。
そのうえ、アミドは基底状態そのものが共鳴で安定化されています。窒素の非共有電子対がC=Oの側へ流れ込んだ共鳴形(図3の右)の寄与が大きく、C–N結合は部分的に二重結合の性質を持ちます。
この部分的な二重結合性は、C–N結合のまわりの回転が遅いことに表れます。N,N-ジメチルアセトアミドでは、窒素上の2つのメチル基が室温のNMRで別々のシグナルとして観測されます。四塩化炭素溶液でシグナルの形の温度変化を調べると、C–N結合の回転の活性化エネルギーは約17 kcal/mol(約71 kJ/mol)と求められ、それ以前の文献値(16.8 kcal/mol)ともよく合いました7。
窒素の電子対がカルボニル基に流れ込んでいることは、アミドの塩基性の低さにも表れています。アミンと違って、アセトアミドの共役酸のpKa(pKaH)は約−0.5しかなく、プロトン化も窒素ではなく酸素で起こります。詳しくはpKaの記事の5節で扱っています。
まとめると、アミドは「カルボニル炭素が攻撃されにくい」「脱離基が外れにくい」の両方を満たしています。アミドの加水分解に、酸や塩基の水溶液と加熱が必要なのはそのためです6。タンパク質のペプチド結合(アミド結合)が水の中で壊れずに保たれるのも、同じ理由によります。加水分解そのものはエネルギー的に有利ですが、非常に遅いのです。
反応性の序列からは、どの変換ができるかも読み取れます。求核アシル置換では、反応性の高い誘導体を、それより反応性の低い誘導体に変えることは一般にできますが、逆向きの変換は直接にはできません3。
図4の各段で、カルボニル炭素に新しく付く基と外れる基を陰イオンの形(Cl−・CH3COO−・CH3CH2O−・NH2−)で比べると、外れる基の方が弱い塩基になっています。そのため、生成物の側が安定です。逆に、アセトアミドに塩化物イオンを作用させても塩化アセチルには戻りません。強い塩基(NH2−)を追い出して、より弱い塩基(Cl−)を付けることになるからです。
坂を上る方向の変換が必要なときは、いったんカルボン酸に戻してから、別の試薬で反応性の高い形に作り直します。たとえばカルボン酸は、塩化チオニル(SOCl2)で酸塩化物に変えられます8。
求核アシル置換が速く進むかどうかは、カルボン酸誘導体の側の反応性と、求核剤の強さの組み合わせで決まります。酸塩化物のような反応性の高い相手なら、水やアルコールのような弱い求核剤でもすぐに反応します9。一方、エステルやカルボン酸のように反応性の低い相手には、求核剤を強くするか、カルボニル基の方を活性化する必要があります。
「アシル化剤」という言葉は、アシル基を相手に渡す側、つまり酸塩化物や酸無水物などのカルボン酸誘導体を指します。求核剤は、アシル基を受け取って「アシル化される」側です。たとえばアミンを塩化アセチルでアシル化すると、塩化アセチルがアシル化剤、アミンが求核剤です。
同じ酸素の求核剤でも、水よりも水酸化物イオン、アルコールよりもアルコキシドイオンの方がはるかに強い求核剤です。電子対を持つ原子が負電荷を持っていると、正に分極したカルボニル炭素へ電子を渡しやすくなります。図2のけん化で、水ではなく水酸化物イオンが攻撃しているのはこのためです。
ただし、塩基性条件がいつも使えるわけではありません。カルボン酸を塩基性にすると、プロトンが外れてカルボキシラートイオン(RCOO−)になります。負電荷を持つカルボキシラートのカルボニル炭素は、求核剤にほとんど攻撃されません。
カルボン酸とアミンを室温で混ぜただけではアミドにならないのも同じ理由です。塩基であるアミンがカルボン酸のプロトンを受け取り、反応しにくいカルボキシラートの塩になってしまいます。実験室の合成では、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)などでカルボン酸を活性化してからアミンと反応させます8。できた塩を高温に加熱して水を追い出す方法もあります。
求核剤が弱いときのもう1つの手は、酸触媒でカルボニル基を活性化することです。カルボニル酸素の非共有電子対にプロトンが付くと、酸素は正電荷を持ち、C=Oの電子をいっそう強く引き寄せます。カルボニル炭素の正の分極が強まり、アルコールのような中性の弱い求核剤でも攻撃できるようになります。
カルボン酸とアルコールを酸触媒のもとで加熱してエステルにする反応は、Fischerエステル化と呼ばれます10。この反応は、プロトン化・求核攻撃・プロトン移動・水の脱離の順に進み、最後の脱プロトン化でエステルができます8。酢酸とエタノールから酢酸エチルができる例で、前半を図5、後半を図6に示します。
OH基の1つがOH2+になる。酸素上の電子対がC=Oを作り直し(矢印①)、C–O結合の電子対を持って水が外れる(矢印②)。最後にエタノールがプロトンを受け取り、酢酸エチルができると同時に、酸触媒が再生する。酸触媒は、カルボニル基を活性化するだけではありません。図6では、OH基がプロトン化されてOH2+になり、中性の水として外れています。そのままならOH−という強い塩基として外れなければならないところを、弱い塩基である水に変えて、脱離基を外れやすくしているわけです。
全体を見ると、1つのプロトンが酢酸に渡され、最後にエタノールに戻っています。酸は反応の前後で消費されない触媒として働いています。プロトンのかわりに、金属イオンなどのルイス酸がカルボニル酸素に配位しても、同じようにカルボニル炭素の正の分極が強まります。
Fischerエステル化で切れるのは、カルボン酸のC–OH結合です。18Oで標識したメタノールを安息香酸と反応させると、標識はできた安息香酸メチルの方に入り、生じた水には入りません8。アルコールのC–O結合が切れて酸素が水の側へ抜けるのではなく、アルコールのO–H結合が切れ、酸素はそのままカルボニル炭素に付くことが分かります。
ここまでの反応は、どれも四面体中間体を経て進みました。ただし、条件によってはアシル基がカチオン(アシリウムイオン、RC≡O+)として外れ、その後で求核剤と結び付く経路もあります。
エステルの加水分解とエステル化の機構は、DayとIngoldによって、酸性(A)か塩基性(B)か、切れるのがアシル基側(AC)かアルキル基側(AL)か、律速段階が1分子(1)か2分子(2)かで分類されています11。図2のけん化はBAC2、図5・図6のFischerエステル化はAAC2にあたります。これに対して、アシリウムイオンを経る経路がAAC1です。
よく知られた例が、2,4,6-トリメチル安息香酸です。カルボキシ基が2つのメチル基に挟まれていて、アルコールがカルボニル炭素に近づきにくく、四面体中間体をつくりにくい構造です。
H3O+になる)。この溶液を冷たいメタノールに注ぐと、メタノールがアシリウムイオンと結び付き、メチルエステルが得られる。TreffersとHammettは、2つのオルト位に置換基を持つ安息香酸を硫酸に溶かし、凝固点降下を測りました12。このように立体的に混み合った安息香酸では、溶けた1分子あたりの粒子の数が、ふつうの安息香酸の2個ではなく約4個になります13。これは、アシリウムイオン・H3O+・2個のHSO4−への解離(ArCOOH + 2H2SO4 → ArCO+ + H3O+ + 2HSO4−)として説明されます。Newmanは、2,4,6-トリメチル安息香酸の100%硫酸溶液を冷たいメタノールに注ぐと、メチルエステルが得られることを報告しました13,14。
アシリウムイオンは、直線形でカルボニル炭素のまわりが混み合っていないので、2つのメチル基に挟まれていても求核剤と結び付けます。芳香族求電子置換反応のアシル化で求電子剤として働くのも、同じアシリウムイオンです。
アシリウムイオンを経る経路は、立体的に混み合った基質や強酸の中といった限られた条件のものです。ふつうの条件のエステル化・加水分解は、四面体中間体を経るAAC2やBAC2で進みます。また、tert-ブチルエステルのように、アシル基側ではなくアルキル基側のC–O結合が切れる例も知られています15。この場合は安定なtert-ブチルカチオンが外れる反応で、カルボニル炭素での置換ではありません。
ここまでの考え方で、よく使われる反応を整理できます。表2に、酸素と窒素の求核剤による求核アシル置換をまとめました。
| 反応 | 基質 | 求核剤 | 条件・ポイント |
|---|---|---|---|
| 加水分解 | 酸塩化物・酸無水物 | 水 | 触媒なしで進む(酸塩化物は特に速い) |
| 加水分解(けん化) | エステル | OH− | BAC2。カルボキシラートになって止まる(5節) |
| 加水分解 | エステル | 水 | 酸触媒。Fischerエステル化の逆反応で、平衡 |
| 加水分解 | アミド | 水・OH− | 酸または塩基の水溶液で加熱が必要 |
| エステル化 | 酸塩化物・酸無水物 | アルコール | ピリジンなどの塩基を加えて進める |
| エステル化(Fischer) | カルボン酸 | アルコール | 酸触媒。平衡定数は1に近く、平衡で止まる |
| エステル交換 | エステル | 別のアルコール | 酸または塩基の触媒。平衡 |
| アミド化 | 酸塩化物 | アミン | アミン2当量、または1当量+NaOHなど |
| アミド化 | エステル | アンモニア・アミン | 進むが遅く、あまり使われない |
| アミド化 | カルボン酸 | アミン | そのままでは塩になる。DCCなどで活性化 |
酸塩化物とアミンからアミドをつくるときは、反応でHClが1当量生じます。このHClは残りのアミンをプロトン化して、求核性の無いアンモニウム塩に変えてしまいます。そのため、アミンを2当量使うか、1当量のアミンに安価な塩基(NaOHなど)を加えてHClを受け止めさせます9。
酸塩化物とアミンやアルコールを、水酸化ナトリウム水溶液の存在下で反応させる方法は、SchottenとBaumannの報告にちなんでSchotten–Baumann法と呼ばれます16,17。
エステルをアンモニアやアミンと反応させてもアミドは得られますが、ふつうは酸塩化物から出発する方が簡単なので、あまり使われません18。エステル交換は、エステルのアルコキシ基を別のアルコールのものと入れ替える反応で、Fischerエステル化と違い、酸でも塩基でも触媒されます。
求核アシル置換の各段階は、原理的にはどれも逆向きにも進めます。表2の反応の中には、ほぼ完全に生成物側へ進むものと、平衡で止まるものがあります。その違いは、最後に不可逆な段階があるかどうかで決まります。
エステルのけん化では、脱離で生じた酢酸(pKa 4.76)とエトキシドイオン(共役酸のエタノールのpKa 15.9)の間でプロトンが移ります(図2の矢印⑤⑥)18。pKaが11ほど違うので、この酸塩基反応はほぼ完全に右へ進み、できた酢酸イオンは求核剤にほとんど攻撃されません。こうして、けん化は事実上逆戻りせずに最後まで進みます。
これに対して、Fischerエステル化は全段階が可逆で、平衡定数は1に近い値です8。そのため、アルコールを溶媒として大過剰に使ったり、できた水を系から取り除いたりして、平衡をエステルの側へ偏らせます。逆に、大過剰の水の中で酸触媒を働かせると、同じ平衡が加水分解の側へ進みます。
アミドの加水分解も、最後の段階が進行方向を決めています。塩基性ではできたカルボン酸がカルボキシラートになり6、酸性では外れたアンモニアやアミンがプロトン化されてアンモニウムイオン(アンモニアの共役酸のpKaは9.24)になります。どちらの場合も、生成物が求核アシル置換の相手に戻れない形になるので、反応は事実上逆戻りしません。
クライゼン縮合で1当量以上の塩基が必要なのも同じ考え方です。求核アシル置換の段階だけでは生成物側に大きく偏らず、生成したβ-ケトエステルが塩基で脱プロトン化されることが、反応を生成物側へ引っ張っています。
Q1. 酢酸エチルに水酸化物イオンを作用させると置換が起こるのに、アセトンに作用させても置換が起こらないのはなぜですか。
A1. どちらも水酸化物イオンがカルボニル炭素に付加して四面体中間体をつくるところまでは同じです。酢酸エチルでは、そこからエトキシドイオンという脱離基が外れてC=Oが作り直されます。アセトンのカルボニル炭素にはメチル基しか付いておらず、外れることのできる基が無いので、付加の段階で止まります(水溶液中では逆戻りするか、少量の水和物(gem-ジオール)になるだけです)。
Q2. アセトアミドを塩化ナトリウムの水溶液に入れても、塩化アセチルができないのはなぜですか。
A2. 塩化物イオンがアセトアミドに付加しても、外れる候補は塩化物イオン自身かNH2−です。NH2−(共役酸のpKa 約38)は塩化物イオンよりはるかに強い塩基なので外れず、塩化物イオンの方が外れて元に戻ります。求核アシル置換は、より弱い塩基が外れる向き、つまり反応性の高い誘導体から低い誘導体への「坂を下る」向きに進み、逆向きの変換は直接にはふつうできません。
Q3. Fischerエステル化で、酸触媒が果たしている役割を2つ挙げてください。また、エステルを多く得るにはどうすればよいですか。
A3. 1つは、カルボニル酸素をプロトン化してカルボニル炭素の正の分極を強め、中性のアルコールでも攻撃できるようにすることです。もう1つは、四面体中間体のOH基をプロトン化してOH2+にし、強い塩基のOH−ではなく、弱い塩基の水として外れるようにすることです。反応全体は平衡定数が1に近い平衡なので、アルコールを大過剰に使うか、生じた水を取り除いて、平衡をエステルの側へ偏らせます。
Q4. 塩化アセチル1当量にエチルアミンを1当量だけ加えると、N-エチルアセトアミドの収率は高々どのくらいになると予想されますか。収率を上げるにはどうしますか。
A4. 反応で生じるHClが、まだ反応していないエチルアミンをプロトン化してアンモニウム塩に変えてしまいます。アミン2分子のうち1分子はHClの受け皿になるので、アミド化に使えるのは半分で、収率は高々50%程度と予想されます。エチルアミンを2当量使うか、ピリジンや水酸化ナトリウムなどの別の塩基を加えてHClを中和します。
Q5. エステルのけん化が、酸触媒の加水分解と違って逆戻りしないのはなぜですか。
A5. けん化では、脱離で生じたカルボン酸(酢酸ならpKa 4.76)が、塩基性の溶液中でただちにカルボキシラートイオンになります。負電荷を持つカルボキシラートのカルボニル炭素はアルコキシドにほとんど攻撃されないので、エステルへ戻る道が閉ざされます。エステルの酸触媒加水分解では、すべての段階が可逆なので平衡で止まります。
求核アシル置換の多くは、「求核剤が付加して四面体中間体をつくり、いちばん外れやすい基が外れる」という1つの型にまとめられます。誘導体ごとの反応性の違いは、おおむねヘテロ原子が電子対をどれだけ手放したがらないかで決まり、同じ性質が変換の向きまで決めています。酸触媒は、カルボニル基を活性化して弱い求核剤でも攻撃できるようにし、同時に脱離基を外れやすい形に変えています。
エステルやアミドの結合を何度もつなぐと、ポリエステルやポリアミドのような高分子になります。たとえばナイロン66はアジピン酸とヘキサメチレンジアミンをアミド結合でつないだ高分子で、その1つ1つの結合も、この記事で見た求核アシル置換でできています。