反応機構

SN1反応とSN2反応の違い(条件・立体化学・見分け方など)

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キーワード: 求核置換反応, カルボカチオン, ワルデン反転, ラセミ化, 求核剤, 脱離基

SN2反応とは、求核剤が脱離基の真裏から炭素を攻撃し、新しい結合ができるのと同時に古い結合が切れる、一段階の求核置換反応です。SN1反応とは、まず脱離基が外れてカルボカチオンができ、そこへ求核剤が結合する、二段階の求核置換反応です。

同じ「求核置換反応」でも、進み方はまったく違います。この違いが、名前にも、立体化学にも、反応の起こりやすさにも表れます。

この記事では、まず反応速度式と立体化学の違いを押さえ、次に「基質・求核剤・脱離基・溶媒」の4つが、反応の速さやどちらの機構が優勢になるかにどう効くのかを、相対速度の数字を使って説明します。最後に、SN1に特有のカルボカチオンの転位、脱離反応との競合、判定の例題を扱います。

1. 名前の意味と反応速度式

SN2は「求核置換(Substitution Nucleophilic)」の二分子(bimolecular)反応、SN1は一分子(unimolecular)反応を意味します。この2つの型を反応速度の測定から区別し、SN1・SN2と名付けたのは、ロンドン大学(UCL)のIngoldとHughesの研究です1。

「1」「2」の数字は、反応速度を決める段階(律速段階)に、いくつの分子が関わるかを表しています。

表1. SN1とSN2の基本的な違い
SN2SN1
進み方一段階(協奏的)二段階
律速段階に関わる分子基質+求核剤基質のみ
速度式rate = k[基質][求核剤]rate = k[基質]
中間体なし(協奏的)カルボカチオン

SN2では、求核剤が基質の裏側から攻撃すると同時に、脱離基が反対側から離れていきます2。なぜ裏側でなければならないのかは、C-X結合の反結合性軌道の形から説明できます(フロンティア軌道論の記事)。1つの遷移状態を経るだけの、一段階の反応です。図1のように、エネルギーの山は1つだけです。

反応座標ギブズエネルギー G反応物遷移状態‡生成物ΔG‡ΔG°
図1. SN2の反応座標図。山(遷移状態)は1つだけで、途中に安定な中間体はない。赤の矢印は活性化ギブズエネルギー ΔG‡(反応物から律速段階の遷移状態まで)と反応ギブズエネルギー ΔG°(反応物から生成物まで)。

SN1ではまず基質がイオン化し、平面構造のカルボカチオンができます(この段階が律速段階)。その後、求核剤がカチオンに結合します3。律速段階に求核剤が関わらないため、反応速度は求核剤の濃度に左右されません。図2のように、山が2つあり、間の谷がカルボカチオン中間体にあたります。

反応座標ギブズエネルギー G反応物遷移状態1‡カルボカチオン遷移状態2‡生成物ΔG‡ΔG°
図2. SN1の反応座標図。山が2つあり、間の谷がカルボカチオン中間体。最初の山(遷移状態1)が律速段階。赤の矢印は活性化ギブズエネルギー ΔG‡(反応物から律速段階の遷移状態まで)と反応ギブズエネルギー ΔG°(反応物から生成物まで)。

律速段階は、エネルギーが最も高い山にあたる部分です。SN2はその山に求核剤が関わっているため反応速度が求核剤の濃度に影響されますが、SN1の最初の山(遷移状態1)には求核剤が関わっていないため、影響されません。

2. 立体化学の違い

不斉炭素で起こる置換反応を考えると、この2つの違いがはっきり表れます。

SN2: 立体配置の反転

求核剤は脱離基の真裏から攻撃します。傘が風で裏返るように、炭素につながる残り3つの基が一気に反転します2。これを「ワルデン反転」と呼びます。

図3は、(R)-2-ブロモブタンにアジ化物イオン(N3−)がSN2で反応する例です。アジ化物イオンは臭素の真裏から近づくので、生成物の2-アジドブタンでは、臭素があった側の反対側に窒素が付きます。この例では臭素も窒素も優先順位が1位なので、立体配置の反転がそのままRからSへの変化として表れます。

Br(R)-2-ブロモブタン+N₃⁻DMFNN+N−(S)-2-アジドブタン+Br⁻
図3. SN2による立体配置の反転。(R)-2-ブロモブタンの臭素の真裏からアジ化物イオンが攻撃し、(S)-2-アジドブタンができる。臭素と窒素はどちらも優先順位が1位なので、空間的な反転がR→Sの変化として表れる。

置換のたびに反転が起こることは、1935年の実験で確かめられました。光学的に純粋な2-ヨードオクタンに放射性のヨウ化物イオンを反応させると、旋光性が失われる速さが、ヨウ素が入れ替わる速さの2倍でした4。1回の置換で1分子が反転すると、反転したものと残っている元の分子の1組で旋光性が打ち消し合うので、旋光性は入れ替わりの2倍の速さで失われます。この結果は、入れ替わりの1回1回が反転を伴っていることを示しています。

ここで注意したいのは、「空間的な配置が反転する」ことと「RとSの表記が入れ替わる」ことは、必ずしも同じではないという点です。表記は4つの基の優先順位で決まるため、脱離基と求核剤の優先順位が入れ替われば、空間的には反転していても表記は変わらないことがあります。

SN1: ラセミ化

SN1ではカルボカチオンが平面構造になるため、求核剤はその両面から攻撃できます。図4のように、正電荷を持つ炭素はsp2混成で、3つの置換基が同一平面上に並び、垂直方向に空のp軌道が残ります3。

RRR空のp軌道
図4. カルボカチオンの平面構造。空のp軌道の両側から、求核剤が同じように近づける。

理論上は、この空のp軌道の2つの面から等しい確率で攻撃が起こり、ほぼ等量のR体とS体が生成します(ラセミ化)。

ただし実際には、完全な1:1にはならず、立体配置が反転した生成物がやや多くなる(反転体の過剰は0〜20%程度)ことがほとんどです3。外れた脱離基がしばらくカチオンのそばに留まり(イオン対)、その側の面をふさいでいるあいだに求核剤が反対側から攻撃するためと説明されています。

3. どちらが起こりやすいか

基質の構造・求核剤の強さ・溶媒によって、どちらの反応が優勢になるかが決まります。脱離基は、どちらの機構でも速さに効きます。まず全体を表2にまとめ、そのあとで1つずつ理由を見ていきます。

表2. SN1とSN2、どちらが起こりやすいか
条件SN2優勢SN1優勢
基質メチル・第一級第三級
求核剤強い求核剤(多くは陰イオン)弱い求核剤(水・アルコールなど中性の分子でよい)
脱離基どちらも良い脱離基(弱い塩基)ほど速い
溶媒極性非プロトン性極性プロトン性

アリル位・ベンジル位の基質は、SN1・SN2のどちらでも速く反応するので、表2には入れず3-2節で別に扱います。

2つの機構で理由の付き方が違うことを先に押さえておくと、表2が覚えやすくなります。SN2の速さは「求核剤がどれだけ近づきやすく、どれだけ反応しやすい状態にあるか」がおもな決め手になり、SN1の速さは「カルボカチオンがどれだけできやすいか」がおもな決め手になります5,6。脱離基はその両方に効きます。

3-1. 基質の構造(第一級・第二級・第三級)

SN2では、求核剤が炭素の裏側まで入り込む必要があります。炭素に付いた基が大きく、数が多いほど、その通り道がふさがれ、遷移状態のエネルギーが高くなります(立体障害)5。表3は、臭化アルキルが塩化物イオンとSN2で反応するときの相対的な速さです。

表3. SN2の速さと基質の構造(R–Br + Cl− → R–Cl + Br−、相対速度は文献5による)
基質例相対速度
メチルCH3Br2,000,000
第一級CH3CH2Br40,000
第二級(CH3)2CHBr500
ネオペンチル(第一級)(CH3)3CCH2Br1
第三級(CH3)3CBr<1

表3のとおり、メチルから第一級・第二級・第三級へと炭素に付いた基が増えるほど速さは大きく落ち、第三級ではSN2は実質的に起こりません5。そのためSN2が実用になるのは、メチル・第一級と、一部の単純な第二級の基質に限られます5。

SN1では順序が逆になります。律速段階でカルボカチオンができるので、カルボカチオンが安定な基質ほど速く反応します。アルキルカルボカチオンの安定性は第三級 > 第二級 > 第一級 > メチルの順で、これがそのままSN1の起こりやすさの順になります6。カルボカチオンがこの順に安定になる理由(超共役と誘起効果)は、位置選択性の記事で扱っています。

3-2. 注意が要る基質(アリル位・ベンジル位・ネオペンチル・ビニル・アリール)

「第一級ならSN2、第三級ならSN1」という目安には、いくつか例外があります。図5の5つの基質は、試験でもよく問われます。

Br3-ブロモプロペンアリル位Br(ブロモメチル)ベンゼンベンジル位Br1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパンネオペンチルBrブロモエテンビニルBrブロモベンゼンアリール
図5. 「第一級ならSN2、第三級ならSN1」の目安に当てはまらない基質。上段のアリル位・ベンジル位はどちらの機構でも反応しやすい。下段のネオペンチルはSN2がとても遅く、ビニル・アリールはSN2を起こさない。

3-3. 求核剤の強さ

求核剤は律速段階に関わるSN2では大きく効き、関わらないSN1の速さには影響しません6。表4は、ブロモメタンに対するSN2の相対速度で、求核剤によって5桁ほど違います。

表4. 求核剤によるSN2の速さの違い(CH3Brとの反応、相対速度は文献5による)
求核剤相対速度
H2O(水)1
CH3CO2−(酢酸イオン)500
NH3(アンモニア)700
Cl−(塩化物イオン)1,000
HO−(水酸化物イオン)10,000
CH3O−(メトキシドイオン)25,000
I−(ヨウ化物イオン)100,000
CN−(シアン化物イオン)125,000
HS−(硫化水素イオン)125,000

表4から、3つの傾向が読み取れます5。

求核性と塩基性は同じものではありません。塩基性はプロトン(H+)との結びつきやすさ、求核性はSN2で炭素と結びつきやすさを表す言葉です5。塩基性はふつう平衡の位置で、求核性は反応の速さで比べます。I− は強い酸 HI の共役塩基で塩基としてはとても弱いのに、表4では HO− より速く反応します。酸と塩基の強さの比べ方はpKaの記事で扱っています。

3-4. 脱離基の外れやすさ

脱離基は、SN2でもSN1でも律速段階で外れていくので、どちらの機構でも速さに効きます6。脱離基はたいてい負電荷を持って外れるので、その負電荷を安定に持てる基ほど遷移状態が低くなり、反応が速くなります。負電荷を安定に持てる基とは、弱い塩基、つまり強い酸の共役塩基です5,6。

表5. 脱離基によるSN2の速さの違い(相対速度は文献5による。TosO− は p-トルエンスルホナートイオン(トシラート))
脱離基相対速度
HO−, H2N−, RO−≪1
F−1
Cl−200
Br−10,000
I−30,000
TosO−60,000

覚えておきたいのは、外れない基の方です。F−・HO−・RO−・H2N− は求核剤に追い出されないので、フッ化アルキル・アルコール・エーテル・アミンは、ふつうそのままではSN2を起こしません5。

アルコールのOH基を置換したいときは、OHを外れやすい形に変えてから反応させます。

3-5. 溶媒の役割

溶媒は両方の機構の速さに大きく効きますが、効き方の理由が違います6。

極性プロトン性溶媒は、水・メタノール・エタノールのように、O–H や N–H を持つ溶媒です。極性非プロトン性溶媒は、極性は高いけれど O–H も N–H も持たない溶媒で、アセトニトリル(CH3CN)、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)、DMSO(ジメチルスルホキシド)がよく使われます5。

SN2では、プロトン性溶媒は不利です。溶媒の O–H が陰イオンの求核剤と水素結合して周りを取り囲み(溶媒和)、求核剤のエネルギーを下げて反応しにくくするためです。極性非プロトン性溶媒は、塩の陽イオン(Na+ など)は溶媒和しますが陰イオンはあまり取り囲まないので、裸に近い求核剤が高い反応性を保ちます5。表6はその効果の大きさです。

表6. 溶媒によるSN2の速さの違い(1-ブロモブタン + N3−、相対速度は文献5による)
溶媒種類相対速度
CH3OH(メタノール)プロトン性1
H2O(水)プロトン性7
DMSO非プロトン性1,300
DMF非プロトン性2,800
CH3CN(アセトニトリル)非プロトン性5,000
HMPA(ヘキサメチルリン酸トリアミド)非プロトン性200,000

SN1では、極性の高いプロトン性溶媒が有利です。溶媒分子が、電子の豊富な端(水なら酸素)をカルボカチオンの正電荷に向けて取り囲み、カチオンを安定にします。中間体を安定にする要因はそこへ至る遷移状態も安定にする(Hammondの仮説)ので、イオン化が速くなります6。2-クロロ-2-メチルプロパンの反応では、溶媒をエタノールから水に変えると、速さが約100,000倍になります6。

同じプロトン性溶媒が、SN2では「求核剤を包んで遅くする」、SN1では「カルボカチオンを包んで速くする」と、逆向きに働きます。SN2の溶媒効果はおもに反応物(求核剤)の安定化、SN1の溶媒効果はおもに遷移状態の安定化によるもの、と区別しておきましょう6。水素結合そのものについては分子間力の記事で扱っています。

3-6. SN1・SN2はきっぱり分かれるわけではない

ここまでSN1とSN2を対比させて説明してきましたが、とくに第二級の基質では、この2つの極端な例の中間(境界領域)に位置する反応が少なくありません。とくに溶媒が求核剤になる加溶媒分解でよく見られるとされ、たとえば2-クロロプロパンの加水分解の計算では、脱離基がかなり外れてカルボカチオンに近い性格をもった遷移状態に、溶媒の水が求核剤として裏側から加わる(ゆるやかな SN2 型の)経路が示されています10。SN1とSN2は、理解のための2つの理想的なモデルという位置づけで捉えてください。

迷ったら、まず基質を見ましょう。メチル・第一級ならSN2、第三級ならSN1が優勢、というのが最初の目安になります。第二級はどちらの可能性もあるので、求核剤の強さと溶媒もあわせて判断します。アリル位・ベンジル位、ネオペンチル、ビニル・アリールは3-2節の例外として別に覚えておきます。

4. SN1で起こるカルボカチオンの転位

SN1はカルボカチオンを経るので、カルボカチオンに特有の反応がついて回ります。その代表が転位です。カルボカチオンの隣の炭素に付いた水素やアルキル基が、結合の電子対ごと正電荷を持つ炭素へ移り、より安定なカルボカチオンに組み替わります11。水素が移るものを1,2-水素移動(ヒドリド移動)、メチル基などが移るものを1,2-アルキル移動と呼びます。どちらの場合も、不安定なカチオンがより安定なカチオンに変わります11。

図6のネオペンチル型の基質がその例です。臭化ネオペンチル(1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパン)は、含水ギ酸のようなSN1が起こりやすい条件では、臭化エチルと同じくらいの速さで反応します。ところが生成物は、置換がそのまま起こった場合のネオペンチルアルコールではなく、炭素骨格が組み替わった2-メチルブタン-2-オールです7。第一級カチオン(あるいはそれに近い状態)から、隣の炭素のメチル基が1つ移って、より安定な第三級カチオンになってから水に捕まるためと説明されています7。

Br1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパンH₂Oギ酸OH2-メチルブタン-2-オール(転位した生成物)CH2+第一級カチオン(不安定)1,2-メチル移動C+第三級カチオン(安定)
図6. 臭化ネオペンチル(1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパン)を含水ギ酸中で反応させると、炭素骨格の組み替わった2-メチルブタン-2-オールができる(上)。第一級カチオン(あるいはそれに近い状態)から1,2-メチル移動で第三級カチオンに転位してから、水に捕まるためと説明される(下)。

より安定なカチオンに移れる場合には、転位はSN1以外でも、カルボカチオンを経る反応で同じように起こりえます。アルケンへのHClの付加11や、フリーデル・クラフツアルキル化でも同じことが起こります。逆に、SN2はカルボカチオンを経ないので、この種の転位の機会がありません(例題2・4の tert-ブチルカチオンのように、移っても今より安定なカチオンにならない場合も転位しません)。生成物の炭素骨格が出発物と変わっていたら、カルボカチオンを経たことを疑う、というのが反応機構を考えるときの手がかりになります。

5. 置換か脱離か

ここまでは置換反応だけを見てきましたが、実際には同じ基質と試薬の組み合わせで、脱離反応(E1・E2)が競争して起こります。求核剤の多くは塩基でもあるので、炭素を攻撃する代わりにβ水素を引き抜けば、アルケンができるためです。McMurryの教科書は、次のような目安を挙げています12。

第三級の基質でSN1とE1が一緒に起こるのは、どちらも同じカルボカチオンを経るためです。脱離の側の詳しい話(どちらのアルケンができるか、E2の立体化学)はE1反応とE2反応の違いで扱っています。

6. 例題で見分けてみる

ここまでの判断の仕方を、4つの例題で練習してみましょう。どの例でも、基質 → 求核剤(と塩基性)→ 溶媒の順に見ていきます。生成物は図7と図3にまとめてあります。

例題1. 1-ブロモブタン + アジ化ナトリウム(DMSO中)

答え: SN2。基質は第一級、アジ化物イオンは良い求核剤、DMSOは極性非プロトン性溶媒で、3つともSN2に有利です。生成物は1-アジドブタンです。表6のとおり、この反応はDMSO中ではメタノール中の1,300倍の速さで進みます5。

例題2. 2-メチルプロパン-2-オール(tert-ブチルアルコール)+ HBr

答え: SN1。基質は第三級のアルコールです。OHはそのままでは外れませんが、HBrでプロトン化されると水として外れ、安定な第三級カルボカチオンができます。そこへ臭化物イオンが結合して、2-ブロモ-2-メチルプロパンになります6,9。同じ条件で比べると、この反応の速さはHCl・HBr・HIのどれを使っても変わりません。律速段階(カルボカチオンができる段階)にハロゲン化物イオンが関わらないためです6。カルボカチオンを経るのでE1による脱離(2-メチルプロペンの生成)も考えられますが、第三級アルコールとHBr・HClの反応は、第三級のハロゲン化アルキルをつくる方法として使われています6。

例題3. (R)-2-ブロモブタン + アジ化ナトリウム(DMF中)

答え: SN2で、生成物は(S)-2-アジドブタン(図3)。基質は第二級なので、ここだけではどちらとも決まりません。アジ化物イオンは良い求核剤ですが、共役酸のアジ化水素酸(HN3)の pKa が 4.72 と小さい13ので、塩基としては弱い部類です。塩基性の弱い求核剤を極性非プロトン性溶媒で使うのは、第二級の基質でもSN2が起こる条件です12。SN2なので立体配置は反転し、R体からS体ができると規則から予想されます。同じ第二級でも、強塩基のナトリウムエトキシドを使うとE2が優勢になる(5節)点と見比べておきましょう。

例題4. 2-ブロモ-2-メチルプロパン(エタノール中、塩基なし)

答え: SN1(とE1)。基質は第三級なのでSN2は起こりません。強い求核剤も塩基も加えておらず、溶媒のエタノールそのものが弱い求核剤として働きます(このような反応を加溶媒分解と呼びます)。第三級の基質を中性の条件に置くとSN1とE1が一緒に起こるので12、置換生成物の2-エトキシ-2-メチルプロパンと、脱離生成物の2-メチルプロペンの両方ができると予想されます。

Br1-ブロモブタン+N₃⁻DMSONN+N−1-アジドブタンOH2-メチルプロパン-2-オール+HBrBr2-ブロモ-2-メチルプロパンBr2-ブロモ-2-メチルプロパンエタノールO2-エトキシ-2-メチルプロパン(置換)+2-メチルプロペン(脱離)
図7. 例題の反応(上から例題1・2・4)。例題1はSN2、例題2はSN1。例題4では、SN1による置換生成物とE1による脱離生成物が一緒にできると予想される。例題3は図3。
理解度チェック

Q1. SN2の反応速度が、基質と求核剤の両方の濃度に依存するのはなぜですか?

A1. SN2は一段階の協奏反応で、律速段階(=反応全体の唯一の段階)に基質と求核剤の両方が関わっているためです。

Q2. SN1反応では、SN2のような完全な反転ではなく、ラセミ化に近い結果になるのはなぜですか?

A2. 中間体であるカルボカチオンが平面構造をとるため、求核剤がその両面から攻撃でき、R体とS体がほぼ等量できるためです(実際には、イオン対のために反転体がやや多くなります)。

Q3. 第三級の基質でSN2よりSN1が優勢になりやすいのはなぜですか?

A3. SN2では周囲の基が求核剤の裏側からの接近を妨げる(立体障害)ため不利になる一方、第三級カルボカチオンは安定なため、SN1が有利に進みます。

Q4. 極性プロトン性溶媒は、SN2を遅くし、SN1を速くします。それぞれ何を溶媒和するからですか?

A4. SN2では、陰イオンの求核剤を水素結合で取り囲んで安定にし、反応しにくくするためです。SN1では、カルボカチオン(とそこへ至る遷移状態)を取り囲んで安定にし、イオン化を速めるためです。

Q5. 1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパン(臭化ネオペンチル)は第一級なのに、SN2がとても遅いのはなぜですか?

A5. 臭素の付いた炭素の隣の炭素に3つのメチル基が付いていて、反応する炭素から1つ離れた枝分かれでも、求核剤が裏側から近づく通り道がふさがれるためです(表3では第三級に近い速さ)。

Q6. アルコールのOH基は、そのままではSN2で置き換わりません。なぜですか?また、どうすれば置換できますか?

A6. HO− は強い塩基で、負電荷を安定に持てないため、脱離基として外れにくいからです。酸でプロトン化して水として外れるようにする(第三級アルコールのSN1)、トシラートに変える、SOCl2 や PBr3 でハロゲン化アルキルに変える、といった方法で外れやすい形にしてから置換します。

Q7. SN1・SN2は、実際の反応でも常にきっぱり2つに分かれますか?

A7. いいえ。とくに第二級の基質では、この2つの中間的な境界領域で進む反応が少なくありません。SN1・SN2は理解のための理想化されたモデルです。

判断の順番は、基質を見て候補を絞り、求核剤と溶媒で決め、最後に脱離との競合と転位を疑う、の3段階です。SN2の速さは「求核剤が近づけるか」、SN1の速さは「カルボカチオンができるか」という2つの軸に戻って考えると、表を丸暗記しなくても多くの場合を説明できます。

参考文献
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