前回の記事では、カルボニル化合物のα水素が塩基によって引き抜かれ、共鳴で安定化された求核剤・エノラートになる過程を扱いました。今回はそのエノラートの反応性を実際に使う、有機合成でもっとも基本的な炭素-炭素結合形成反応の1つ、アルドール反応を扱います。
1860年代からアルデヒドの縮合を調べていたBorodinと、1872年に報告したWurtzが、それぞれ独立にこの反応を見いだしており1,2、150年以上経った今でも現役の反応です。天然にも、酵素(アルドラーゼ)が糖の炭素骨格を組み立てたり切り離したりする反応として存在しています。
アルドール反応は、アルデヒドやケトンどうし(少なくとも一方がα水素を持つもの)が反応し、新しいC-C結合と、β位にOH基を持つ生成物(β-ヒドロキシカルボニル化合物)を与える反応です。この生成物は、アルデヒド(ald)とアルコール(ol)の性質を併せ持つことから「アルドール」と呼ばれます。
用語の整理: 新しいC-C結合ができてβ-ヒドロキシカルボニル化合物ができるところまでを「アルドール付加」、そこからさらに脱水が進んで共役したエノン(α,β-不飽和カルボニル化合物)になるところまでを「アルドール縮合」と呼び分けます。2節・3節でそれぞれの段階を順番に見ていきます。
前回と同じ要領で、まず一方のカルボニル化合物のα水素を塩基が引き抜き、エノラートを生成します。ここではアセトン2分子の自己縮合を例に、生じたエノラートがもう1分子のアセトンを攻撃する場面を見てみます。
C-C結合を作り(矢印①)、エノラート側の酸素の非共有電子対がカルボニルを作り直し(矢印②)、攻撃された側のC=Oのπ電子が酸素へ押し出されて新しいアルコキシドになる(矢印③)。生じたアルコキシドが後処理でプロトン化されると、ジアセトンアルコール(4-ヒドロキシ-4-メチルペンタン-2-オン)が得られます。これはアルドール付加そのもので、まだ脱水していません。ジアセトンアルコールは実際に工業的な溶剤として使われている化合物で、希薄な塩基を低温で使うと、反応をこの段階で止めやすくなります。逆合成解析の記事でも、同じジアセトンアルコールを目的物として、今回とは逆向き(生成物から出発物質へ)にたどる例が登場しています。
β-ヒドロキシカルボニル化合物は、加熱や酸・塩基の作用で水分子が抜け、カルボニル基と共役したエノンになることがあります。この脱水を含む一連の反応が「アルドール縮合」です。塩基性条件での脱水は、E1・E2の記事で扱った2つの機構とは別の、E1cb機構(Elimination, Unimolecular, Conjugate Base)と呼ばれる第3の脱離機構で進みます(酸性条件では、エノールを経てE1またはE2で進みます)。
名前の通り、まず塩基がα水素を引き抜いて共役塩基(この場合はエノラート)を作り、そのあとで脱離基が抜けていく、という2段階で進みます。ジアセトンアルコールの脱水を例に見てみます。
C=Cのπ電子がβ炭素との新しいC=C結合へ移り(矢印②)、β炭素のOH基が水酸化物イオンとして脱離する(矢印③)。生成物は共役したエノン、メシチルオキシドである。OH⁻は、ハロゲン化物イオンなどに比べて本来は脱離基としてかなり不利です(E1・E2の記事で扱ったような、良い脱離基を持つ基質とは条件が異なります)。それでもこの脱離が進みやすいのは、脱離後に生成するエノンが、もとのβ-ヒドロキシカルボニル化合物より共役が広がった、熱力学的にずっと安定な生成物だからです。脱離基の不利さを、生成物の安定化が埋め合わせていると考えられます。
E1cb機構は、E2機構のようにC-Hと脱離基がアンチペリプラナーである必要がありません。プロトンの引き抜きと脱離基の脱離が別々の段階で起こるためです。
メシチルオキシドはそれ自体も工業的に重要で、水素化するとメチルイソブチルケトン(MIBK、塗料用の溶剤として広く使われる)になります。
例①:アセトンの自己アルドール縮合
ここまで見てきた通り、アセトン2分子から、まずジアセトンアルコール(アルドール付加)、続いてメシチルオキシド(アルドール縮合)が得られます。工業的にはどちらも有用な溶剤・中間体として、条件を調整しながら作り分けられています。
例②:ベンズアルデヒドとアセトアルデヒドの交差アルドール縮合
ベンズアルデヒドはα水素を持たないため、自分ではエノラートを作れません。一方アセトアルデヒドはα水素を持つため、塩基のもとでエノラートになれます。この2つを混ぜると、アセトアルデヒドのエノラートが選択的にベンズアルデヒドを攻撃し、アルドール付加・脱水を経てけい皮アルデヒド(シンナムアルデヒド、シナモンの香り成分)が得られます。
このように、α水素を持たない芳香族アルデヒドと、α水素を持つ別のカルボニル化合物を組み合わせる交差アルドール縮合は、クライゼン-シュミット縮合と呼ばれ、1880年から1881年にかけてClaisenとSchmidtがそれぞれ独立に報告しています3,4。実際の操作では、アセトアルデヒド側の自己縮合を抑えるため、ベンズアルデヒドと塩基の混合物に、アセトアルデヒドをゆっくり加えることが多くなっています。
「クライゼン-シュミット縮合」と、エステルの求電子剤への攻撃を扱う「クライゼン縮合」は、同じClaisenの名を冠していますが別の反応です。クライゼン縮合は別記事で扱っています。
C-C結合ができるところまで、後者はそこからさらに脱水が進んでエノンになるところまでを指します。OH⁻)の脱離はそのあとの別の段階です。Q1. アルドール付加とアルドール縮合の違いは何ですか?
A1. アルドール付加は、エノラートがもう1分子のカルボニル化合物を攻撃して新しいC-C結合ができ、β-ヒドロキシカルボニル化合物が生じるところまでです。アルドール縮合は、そこからさらに水が脱離して、カルボニル基と共役したα,β-不飽和カルボニル化合物(エノン)になるところまでを指します。
Q2. 塩基性条件でのジアセトンアルコールの脱水は、なぜE1やE2ではなくE1cb機構で進むと考えられていますか?
A2. 脱離基であるOH⁻は本来かなり不利な脱離基ですが、まず塩基がα水素を引き抜いて共役塩基(エノラート)という安定な中間体を作り、そのあとの別の段階でOH⁻が脱離するという2段階で進むため、E1cb機構と呼ばれます。生成物が共役したエノンになることによる安定化が、脱離基の不利さを埋め合わせています。
Q3. なぜベンズアルデヒドとアセトアルデヒドの反応は、選択的にけい皮アルデヒドを与えるのですか?
A3. ベンズアルデヒドはα水素を持たず自分ではエノラートを作れないため、もっぱら求電子剤として働きます。α水素を持つアセトアルデヒドだけがエノラートになれるので、生成物の組み合わせが一通りに絞られ、選択的にけい皮アルデヒドが得られます。
アルドール反応は、エノラートという1つの反応性の概念から、付加・脱水という2段階の反応、そして交差反応での選択性まで、一貫した電子の動きで説明できる好例です。同じエノラートの反応性をエステルに適用したクライゼン縮合とディークマン縮合の記事も、あわせて参照してください。