反応機構

E1cb反応の進み方(カルボアニオン中間体・E1/E2との違い・脱離基の条件)

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キーワード: 脱離反応, E1cb機構, カルボアニオン, α水素, エノラート, 保護基

E1・E2の記事では、脱離反応を「プロトンの引き抜きと脱離基の脱離が同時に起こるか(E2)、脱離基が先に外れるか(E1)」という2つの型で整理しました。

しかし、この2つでは説明できない脱離反応があります。OH基のように、本来まったく脱離基になりそうにない基が、塩基を加えるだけできれいに外れてしまう場合です。その正体が、プロトンの方が先に外れる第3の型、E1cb機構です。

1. E1cb反応とは

E1cb反応は、塩基がまず酸性度の高い水素を引き抜いてアニオン(カルボアニオン)を作り、そのあとでそのアニオンが脱離基を押し出す、2段階の脱離反応です。

この経路が成り立つには、次の2つの条件がそろっている必要があります。

表1. E1cbが優先しやすい条件
条件内容
酸性の水素生じるカルボアニオンを安定化できる基(カルボニル、ニトロ、ニトリル、スルホニルなど)が隣接している
悪い脱離基OH、OR、Fなど、E1・E2では脱離基になりにくいもの

もっとも身近な例がカルボニル化合物です。カルボニル基の隣のα水素は、引き抜かれて生じた負電荷を酸素まで非局在化できるため、ふつうのC-H結合よりはるかに酸性度が高くなります。生じるアニオンがエノラートです。この共鳴安定化とα水素の酸性度については、エノラートの反応性の記事で詳しく扱っています。

α・βの呼び方に注意が必要です。脱離反応の分野では脱離基がついた炭素をα、水素がついた炭素をβと呼びますが、カルボニル化学ではカルボニル基を基準にα・βを数えます。この記事では既存の記事にそろえて、カルボニル基を基準にしたα・βで統一します。つまりα水素が引き抜かれ、β位の脱離基が外れます。

2. E1・E2・E1cbの位置づけ

3つの機構は、プロトンの引き抜きと脱離基の脱離という2つの出来事の順番で並べると、きれいに整理できます。

表2. 2つの出来事のタイミングで見た3つの機構
機構順番中間体
E1脱離基が先 → あとでプロトンカルボカチオン
E2同時(協奏的)なし
E1cbプロトンが先 → あとで脱離基カルボアニオン

E1とE1cbは、ちょうど鏡写しの関係にあります。E1では脱離基が電子対を持って先に抜けるため、脱離基を失った炭素に正電荷が残ります。E1cbでは水素がプロトンとして電子対を置いていくため、水素を失った炭素に負電荷が残ります。

C+E1が経るカルボカチオン(脱離基が先に外れる)OCH2−E1cbが経るカルボアニオン(水素が先に外れる)
図1. E1が経るカルボカチオン(左)と、E1cbが経るカルボアニオン(右)。どちらの経路を通るかは、正電荷と負電荷のどちらをより安定に置けるかで決まる。E2はどちらの中間体も経ず、1つの遷移状態を通るだけである。

どの機構が優勢になるかを決めるのは、この中間体の安定性です。第三級のように正電荷を置きやすい基質で、しかも良い脱離基を持てばE1が、負電荷を安定化できる基が隣接し、しかも脱離基が悪ければE1cbが有利になります。

ただし、この3つは互いに独立した3種類の反応ではなく、連続したスペクトルの両端と中間と考えるのが実態に近いとされています。E2の遷移状態も、基質によってカルボカチオン寄りになったりカルボアニオン寄りになったりします。Bordwellは1972年の総説で、電子求引基によって水素が酸性化された脱離反応の多くは、協奏的なE2ではなくE1cbで進んでいるのではないかと指摘しました1。

3. 反応機構:β-ヒドロキシケトンの脱水

具体例として、4-hydroxybutan-2-one(4-ヒドロキシブタン-2-オン)の脱水を見てみます。アセトンとホルムアルデヒドのアルドール付加で得られるβ-ヒドロキシケトンで、脱水するとメチルビニルケトン(MVK、but-3-en-2-one)になります。

炭素の番号は、C2がカルボニル炭素、C3がα炭素、C4がOHのついたβ炭素です。

第1段階は、塩基によるα水素の引き抜きです。矢印が3本必要になる理由は、エノラートの生成そのものなので、エノラートの記事と同じです。

O H O H O H − ① ② ③ 塩基 + 4-ヒドロキシブタン-2-オン α水素の引き抜き (H2Oが生成) O O H − エノラート(カルボアニオン)
図2. 第1段階。水酸化物イオンの非共有電子対がα炭素の水素を引き抜き(矢印①)、切れたC-H結合の電子対がカルボニル炭素とα炭素の間の新しいπ結合になり(矢印②)、もとのC=Oのπ電子対が酸素上へ押し出される(矢印③)。生じるのはエノラート、すなわち共鳴で安定化されたカルボアニオンである。

第2段階で、このアニオンが脱離基を押し出します。負電荷は酸素上にもっとも大きく分布しているので、そこから電子を送り返す形で書くのが自然です。

O O H − ① ② ③ エノラート(カルボアニオン) 脱離(E1cb) (OH−が脱離) O メチルビニルケトン + O H − 水酸化物イオン (塩基として再生)
図3. 第2段階。エノラート酸素の非共有電子対がC=Oを作り直し(矢印①)、カルボニル炭素とα炭素の間のπ電子対が、α炭素とβ炭素の間の新しいπ結合へ移り(矢印②)、β炭素のOHが水酸化物イオンとして脱離する(矢印③)。生成物はカルボニル基とC=C結合が共役したエノンである。

全体を通してみると、塩基は第1段階で消費され、第2段階で水酸化物イオンとして再生されます。反応式の上では「水1分子が抜けただけ」ですが、抜けた水素とOHは別々の段階で、別々の相手に渡されています。

3-1. なぜOH基が脱離できるのか

OH⁻は強塩基であり、脱離基としては非常に悪い部類です。E2の条件でOH基が脱離することは、まずありません。それなのにE1cbでは外れてしまうのは、押し出す側の電子の「押す力」がまるで違うからです。

E2では、中性の分子からOH⁻を追い出すことになります。塩基がC-H結合を引っぱりはじめた段階では、まだ負電荷はどこにも完成しておらず、C-O結合を切るための電子は部分的にしか供給されません。

これに対してE1cbでは、脱離が始まる時点ですでに完成した負電荷を持つアニオンが目の前にあります。電子が余っている化学種が隣の結合へ電子を流し込むのですから、多少悪い脱離基でも押し出せます。加えて、生成物がC=CとC=Oの共役したエノンであり、出発物より熱力学的に安定であることも後押しになります。

「悪い脱離基でも進められる」ことがE1cbの最大の存在意義です。逆に言えば、良い脱離基を持つ基質でわざわざE1cbを通る必要はなく、その場合はE2やE1が優先します。

もう1つ、E1cbにはE2のような立体的な要件がありません。E2では切れるC-H結合とC-LG結合がアンチペリプラナー(anti-periplanar)にそろう必要がありましたが、E1cbでは2つの結合が別々の段階で切れるため、両者の二面角に制約がかかりません。

4. E1cbだと、どうやって確かめるのか

ここで少し厄介な事実があります。E1cbは「一分子(unimolecular)」という名前を持ちながら、実測される速度式はE2と同じ二次式になることが多いのです。「一分子」が指しているのは、共役塩基(カルボアニオン)が1分子で脱離基を放す段階であって、それが律速段階とは限らず、反応全体の次数を表すものでもありません。

Bordwellらは、カルボアニオン中間体を経る脱離を、第1段階が可逆かどうか・どちらが律速かで3つの型に整理しました2。学習の上では、次の2つを押さえておけば十分です。

表3. よく登場する2つの型
脱プロトン化が可逆(脱離が律速)脱プロトン化が律速
速度式[基質][塩基]に一次。ただし塩基の共役酸が増えると遅くなるrate = k[基質][塩基](E2と区別がつかない)
原料の水素交換起こる起こらない

左の型では、脱プロトン化が速い前駆平衡になっているため、塩基の共役酸(BH⁺)の濃度を上げると平衡が押し戻され、反応が遅くなります。E2にはこの依存性がないので、これ自体が有力な証拠になります。

反応座標ギブズエネルギー G反応物遷移状態1‡カルボアニオン遷移状態2‡生成物ΔG‡ΔG°
図4. 脱プロトン化が速い前駆平衡で、脱離が律速になる場合の反応座標図。カルボアニオンが谷(中間体)として実在し、2つ目の山が律速段階になる。E2ではこの谷そのものが存在しない。

もっと直接的な証拠が、同位体交換です。重水や重水素化した溶媒のなかで反応させ、途中で回収した未反応の原料を調べます。α位の水素が重水素に置き換わっていれば、その水素はいったん引き抜かれ、溶媒から別の水素を受け取って戻ってきたことになります。つまりカルボアニオンが実在する中間体として生成している証拠です。

この手法の古典的な実例が、9-フルオレニルメタノールの脱離です。More O'FerrallとSlaeは、9位(水酸基がついた炭素の隣)のトリチウム交換の速度が脱離の速度より速いこと、および基質と溶媒の水素の同位体を逆にした組み合わせ(ふつうの水素の基質を重水中で反応させる場合など)で速度論的な誘導期が現れることから、この反応がE1cbで進むと結論しました3。カルボアニオンを仮定しなければ、交換が脱離に先行して起こる理由を説明できません。

3つ目の手がかりが元素効果です。脱離基の元素だけを入れ替えたときの速度定数の比(たとえばkBr/kCl)を元素効果と呼びます4。E2なら遷移状態でC-LG結合が切れかけているので、脱離基を変えると速度が大きく変わります。一方、脱プロトン化が律速のE1cbでは、律速段階でC-LG結合はまだ切れていないため、脱離基を変えても速度がほとんど変わりません。

5. 実例:Fmoc基の脱保護

E1cbは、教科書の中だけの機構ではありません。ペプチド合成で毎日のように使われている保護基が、この機構で外れます。

Fmoc基(9-フルオレニルメトキシカルボニル基)は、CarpinoとHanが1970年に報告し5、1972年に詳しい論文にまとめた6アミノ基の保護基です。酸には安定で、穏やかな塩基だけで外れるという性質を持つため、酸で外すタイプの保護基と組み合わせて使い分けることができ、固相ペプチド合成の土台になっています。

この脱保護が、まさにE1cbです。フルオレンの9位の水素は、引き抜かれて生じる負電荷を2つのベンゼン環まで広く非局在化できるため、炭化水素としては異例に酸性度が高くなっています。

OONHRFmocで保護したアミン塩基(ピペリジン)がフルオレンの9位のHを引き抜くOO−NHRフルオレニルカルボアニオン脱離(E1cb)ジベンゾフルベン+O−ONHRカルバミン酸イオン(CO2を失って遊離アミンに)
図5. Fmoc基の脱保護。塩基がフルオレンの9位の水素を引き抜いてカルボアニオンを作り、そこからカルバミン酸イオンが脱離してジベンゾフルベンが生じる。カルバミン酸イオンはCO2を失い、目的の遊離アミンになる。

脱離基はカルバマート(カルバミン酸イオン)で、これも決して良い脱離基ではありません。しかしカルボアニオンが安定に生成できるため、E1cbで押し出すことができます。

実際の脱保護にはピペリジンがよく使われますが、これには理由が2つあります。塩基としてはたらくことに加えて、副生するジベンゾフルベンが求電子的なマイケル受容体であり、放っておくとペプチドのアミノ基をアルキル化してしまうため、ピペリジン自身がこれを捕まえるスカベンジャーを兼ねているのです。

なお、Fmocの母体である9-フルオレニルメタノールの脱離がE1cbであることは、4節で紹介したMore O'FerrallとSlaeの速度論研究そのものです3。保護基の外れるしくみが、同じ時期の機構研究で裏付けられている例です。

理解度チェック

Q1. E2では脱離基にならないOH基が、E1cbでは脱離できるのはなぜですか?

A1. E2では中性の分子からOH⁻を追い出すことになり、C-O結合を切るための電子が部分的にしか供給されません。E1cbでは、脱離が始まる時点ですでに負電荷を持つカルボアニオンが完成しており、余った電子を隣の結合へ流し込めるため、悪い脱離基でも押し出せます。生成物が共役したエノンで安定なことも後押しになります。

Q2. E1cbは「一分子」を意味する名前なのに、速度式が二次式になることがあるのはなぜですか?

A2. 「一分子」は、共役塩基(カルボアニオン)が1分子で脱離基を放す段階を指しており、反応全体の次数を表すものではないからです。脱プロトン化が速い前駆平衡になっている場合、律速段階はカルボアニオン1分子からの脱離ですが、カルボアニオンの濃度が基質と塩基の濃度に比例するため、全体としては二次式になります。

Q3. ある脱離反応がE2ではなくE1cbで進んでいることを示すには、どんな実験が有効ですか?

A3. 重水素化した溶媒中で反応させ、途中で回収した未反応の原料に重水素が取り込まれているかを調べます(同位体交換)。取り込まれていれば、水素がいったん引き抜かれてカルボアニオンができたことになります。ほかに、塩基の共役酸の濃度を上げると反応が遅くなるか、脱離基の元素を変えても速度が変わらないか(元素効果。脱プロトン化が律速の場合)も手がかりになります。

E1cbは、E1・E2と比べると登場頻度は低いものの、アルドール縮合の脱水段階や保護基の脱保護のように、「悪い脱離基しかない場面」で必ず顔を出します。脱離反応を見たときに、まず水素の酸性度と脱離基の良し悪しの2点を確認する習慣をつけると、3つの機構の使い分けが判断しやすくなります。

参考文献
  1. Bordwell, F. G. How Common Are Base-Initiated, Concerted 1,2-Eliminations? Acc. Chem. Res. [Online] 1972, 5 (11), 374–381. https://doi.org/10.1021/ar50059a003.
  2. Bordwell, F. G.; Vestling, M. M.; Yee, K.-C. Three Types of Base-Initiated β-Elimination Reactions Involving Carbanion Intermediates. J. Am. Chem. Soc. [Online] 1970, 92 (20), 5950–5955. https://doi.org/10.1021/ja00723a023.
  3. More O'Ferrall, R. A.; Slae, S. β-Elimination of 9-Fluorenylmethanol in Aqueous Solution: An E1cB Mechanism. J. Chem. Soc. B [Online] 1970, 260–268. https://doi.org/10.1039/J29700000260.
  4. Müller, P. Glossary of Terms Used in Physical Organic Chemistry (IUPAC Recommendations 1994). Pure Appl. Chem. [Online] 1994, 66 (5), 1077–1184. https://doi.org/10.1351/pac199466051077.
  5. Carpino, L. A.; Han, G. Y. 9-Fluorenylmethoxycarbonyl Function, a New Base-Sensitive Amino-Protecting Group. J. Am. Chem. Soc. [Online] 1970, 92 (19), 5748–5749. https://doi.org/10.1021/ja00722a043.
  6. Carpino, L. A.; Han, G. Y. 9-Fluorenylmethoxycarbonyl Amino-Protecting Group. J. Org. Chem. [Online] 1972, 37 (22), 3404–3409. https://doi.org/10.1021/jo00795a005.