合成戦略

官能基相互変換(FGI)の基本的な考え方(還元・酸化・保護基など)

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キーワード: 官能基相互変換, 酸化還元反応, 求核置換反応, 保護基, アセタール保護, 逆合成解析, 切断

逆合成解析の記事では、その中心的な操作である切断(disconnection)を中心に扱いました。今回は、逆合成解析のもう一つの道具である官能基相互変換(Functional Group Interconversion, FGI)を、実際の合成計画の例とともに掘り下げます。

FGIは、結合を作ったり切ったりする操作ではありません。目的の官能基を、より手に入れやすい別の官能基に、頭の中で読み替えるだけの操作です。地味な作業に見えますが、実際の合成計画では、切断と同じくらい、あるいは切断より先に使われることも少なくありません。

1. FGIとは何か

官能基相互変換(Functional Group Interconversion, FGI)とは、目的の化合物に近づけるために、ある官能基を、反応させやすい別の官能基に読み替える逆合成解析のテクニックです。逆合成解析(1990年にノーベル化学賞を受けたE. J. Coreyが体系化)の基本的な操作には、結合そのものを仮想的に切る「切断」と、結合を切らずに官能基だけを読み替える「FGI」があります。

FGIでは、炭素骨格をつくる結合(C-C結合)を切る・作るということ自体は考えません。切断の前準備として、切りやすい形に整えるためにFGIを使うことはありますが、FGIそのものは官能基の変換だけに閉じた操作です。

FGIの発想そのものは、逆合成解析の基本的な考え方の記事でも少し触れました。今回は、その発想を「還元によるFGI」「酸化によるFGI」「置換反応によるFGI」「保護基」という4つの切り口に分けて、それぞれ具体的な合成例で見ていきます。

2. 還元によるFGI

目的の官能基そのものを直接導入する反応が見つからない、あるいは選択性が悪いとき、まずは導入しやすい別の官能基を先に付けておき、あとから還元して目的の官能基に変える、というのが最もよく使われるFGIのパターンです。

代表例が、芳香環にアミノ基(NH2)を導入したい場合です。アミノ基を求電子置換反応で直接ベンゼン環に導入する一般的な方法はありませんが、よく似た構造のニトロ基(NO2)なら、ニトロ化反応で簡単に導入できます。そこで、先にニトロ基を導入しておき、あとから還元してアミノ基に変えるという手順を踏みます。

ON+O−H2, Pd/C接触水素化NH2
図1. ニトロベンゼンを接触水素化(H2, Pd/C)すると、ニトロ基がアミノ基に還元され、アニリンが得られる。

この還元にはいくつかの方法がありますが、実験室でよく使われるのが、パラジウム炭素(Pd/C)などの金属触媒の上で水素ガスを反応させる接触水素化です。金属触媒を使った水素化は、1897年にPaul SabatierとJean-Baptiste Senderensが、ニッケル触媒によるエチレンの水素化を報告したことで、有機化合物の一般的な手法として大きく広がりました。白金を使った水素化の報告はそれ以前からあり、Sabatier自身もノーベル賞講演でそれらを紹介しています。

この考え方を、もう少し複雑な分子で見てみましょう。局所麻酔薬として使われるベンゾカイン(エチル 4-アミノベンゾエート)の合成を計画してみます。

ベンゾカインには、エステル基とアミノ基の2つの官能基があります。ここでアミノ基に注目すると、芳香環への直接導入が難しい官能基だとわかります。そこで還元によるFGIを使い、「アミノ基 ⇒ ニトロ基」と読み替えます(⇒の意味については逆合成解析の基本的な考え方を参照してください)。これで、目的物はエチル 4-ニトロベンゾエートから作れることになります。なお、出発物の4-ニトロ安息香酸は、安息香酸のニトロ化では作れません(カルボキシ基はメタ配向性なので、主に3-ニトロ体ができます)。トルエンのニトロ化で得られる4-ニトロトルエンの、メチル基を酸化して作ります。エステル基の方は、4-ニトロ安息香酸をエタノールでFischerエステル化すれば導入できるので、実際の合成の道筋は次のようになります。

OOHN+OO−EtOH, H2SO4Fischerエステル化OON+OO−H2, Pd/C接触水素化OONH2
図2. 4-ニトロ安息香酸をFischerエステル化してエチル 4-ニトロベンゾエートとし、続いて接触水素化でニトロ基をアミノ基に還元すると、ベンゾカイン(エチル 4-アミノベンゾエート)が得られる。

実は、4-アミノ安息香酸をエタノールと硫酸でFischerエステル化してもベンゾカインは得られ、学生実験の定番にもなっています(アミノ基がプロトン化されて酸を消費するので、酸を多めに使います)。ニトロ体を経る図2の道筋は、アミノ基を芳香環に入れる手段として還元によるFGIを使う例です。一般に、反応性の高いアミノ基を最後の段階まで作らずに取っておくと、途中の反応でアミノ基が副反応を起こす心配を減らせます。

3. 酸化によるFGI

還元とは逆に、別の官能基を酸化することで、目的の官能基を作るというFGIもよく使われます。特にアルデヒドやケトンといったカルボニル化合物は、対応するアルコールを酸化することで作られる場合が多くあります。

たとえばベンズアルデヒドを作りたい場合、ベンジルアルコールを酸化すれば得られます。

OHPCC, CH2Cl2酸化O
図3. ベンジルアルコールをピリジニウムクロロクロメート(PCC)で酸化すると、ベンズアルデヒドが得られる。

ここで酸化剤の選び方が重要になります。第一級アルコールを、より強い酸化剤(クロム酸やKMnO4など)で酸化すると、反応が止まらずカルボン酸まで進んでしまうことがあります。1975年にE. J. CoreyとJ. William Suggsが報告したPCCは、この過剰酸化を避けて、第一級アルコールをアルデヒドの段階で止められる、扱いやすい酸化剤として広く使われています。

第一級アルコールの酸化は、酸化剤の強さによって、生成物がアルデヒドで止まるか、カルボン酸まで進むかが変わります。「アルコールを酸化すればカルボニル化合物になる」と大づかみに覚えるだけでなく、目的の酸化段階に応じて酸化剤を選ぶ必要がある、という点に注意してください。

4. 置換反応によるFGI

3つ目のパターンが、求核置換反応を使って官能基を入れ替えるFGIです。反応機構の詳細はSN1反応とSN2反応の違いの記事を参照してください。

置換反応によるFGIの典型は、アルコールを臭化アルキルに変える、臭化アルキルをアルコールに変える、といった、炭素骨格はそのままに官能基だけを入れ替える変換です。求核置換の例として、ここではニトリル基(C≡N)の導入を見てみます。ハロゲン化アルキルにシアン化物イオン(CN⁻)を作用させると、SN2機構でハロゲンがニトリル基に置き換わります。

BrNaCN, DMSOSN2置換N
図4. 臭化ベンジルにシアン化ナトリウムを作用させると、SN2機構で臭素がニトリル基に置き換わり、フェニルアセトニトリルが得られる。

ニトリル基が合成の道具として便利なのは、それ自体が最終目的地ではなく、加水分解すればカルボン酸に、還元すれば第一級アミンになるという、その後の展開の幅が広い「仮の姿」として使えるからです。ただし、この反応では新しいC-C結合ができ、炭素が1つ増えます。そのため逆合成の用語では、純粋なFGIではなく、CN⁻をシントンとするC-C結合の切断として扱うのが普通です。ニトリルをカルボン酸やアミンに変える後の段階が、FGIにあたります。

5. 保護基:FGIを「隠す」ための道具

ここまでのFGIは、いずれも「官能基Aを、官能基Bに読み替える」という一対一の変換でした。最後に紹介する保護基(protecting group)は、これとは少し性格が異なる道具です。分子の中に複数の官能基があり、そのうち1つだけを反応させたいのに、他の官能基まで同じ試薬に反応してしまう場合に使います。

保護基を使う手順は、①保護基を導入していったん官能基を「見えなくする」、②残りの反応を行う、③保護基を外して元の官能基に戻す、という3段階です。使う保護基は、狙った反応条件に耐えて、なおかつ後で無理なく外せる必要があります(官能基ごとの代表的な保護基は、Greene & Wutsの成書にまとめられています)。

たとえば、ケトンとエステルを両方持つエチル レブリネート(エチル 4-オキソペンタノエート)で、エステルだけを還元したいとします。エステルの還元によく使われる水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)は強力な還元剤で、そのままではケトンも一緒に還元してしまいます。

そこで、先にケトンをエチレングリコールと酸触媒で環状アセタール(1,3-ジオキソラン)として保護しておきます。

OOOHOCH2CH2OH, TsOHケトンを保護OOOO
図5. エチル レブリネートのケトンを、エチレングリコールと酸触媒(TsOHなど)で環状アセタールとして保護する。

アセタールは、塩基性の条件や、LiAlH4のような求核的な還元剤に対して安定です(酸性の水溶液では加水分解されます)。そのため、この状態でエステルだけをLiAlH4で還元できます。反応が終わったら、希塩酸などの水溶液で処理してアセタールを外せば、もとのケトンに戻ります。アセタールができる機構と、酸の水溶液で外れる理由は、アルデヒド・ケトンへの求核付加の記事で扱っています。

OOOOLiAlH4エステルを還元OHOOH3O+アセタールを脱保護OHO
図6. 保護されたエステルをLiAlH4で還元して第一級アルコールに変え、続いて希酸水溶液で処理してアセタールを外すと、ケトンが復元された5-ヒドロキシペンタン-2-オンが得られる。

保護基を使う工程は、①保護 → ②本来の反応 → ③脱保護、と手数が増える分だけ、できれば避けたい遠回りです。保護基を検討するのは、反応の順序を工夫したり、官能基どうしの反応性の違いを利用したりするだけでは選択性を確保できない場合の、最後の手段だと考えておくとよいでしょう。

6. よくあるつまずきポイント

理解度チェック

Q1. FGIと切断(disconnection)の違いは何ですか?

A1. 切断は、目的物の中にある結合を仮想的に切って2つのシントンに分ける操作です。これに対しFGIは、結合を切らずに、ある官能基を別の官能基に読み替える操作です。FGIは、官能基そのものが直接は導入しにくい場合や、複数の官能基の反応性を調整したい場合に使われます。

Q2. ベンゾカインの合成で、なぜ先にニトロ基を導入してから還元するのですか?

A2. アミノ基は反応性が高く、芳香環に直接導入する一般的な求電子置換反応がありません。そこで、ニトロ化で導入しやすいニトロ基を先につけ、エステル化を済ませた最後の段階で還元してアミノ基に変えます。反応性の高いアミノ基を最後まで作らずに取っておけば、途中の段階で副反応を起こす心配も減らせます。

Q3. 保護基を使うかどうかは、どのように判断しますか?

A3. 反応させたくない官能基が、目的の反応条件(試薬・酸/塩基条件・還元剤など)と反応してしまう場合に検討します。ただし保護・脱保護の分だけ工程数が増えるため、まず反応の順序を工夫するだけで選択性を確保できないかを検討し、それでも難しい場合の手段として使います。

官能基相互変換は、逆合成解析の中では切断ほど派手さはありませんが、実際の合成計画では欠かせない発想です。目的物を見たときに、切れる場所を探すのと同じくらいの感覚で、「この官能基は、何を読み替えれば作れるだろうか」と考える視点を持っておくと、合成戦略の引き出しがぐっと広がります。

参考文献
  1. Corey, E. J. The Logic of Chemical Synthesis: Multistep Synthesis of Complex Carbogenic Molecules (Nobel Lecture). Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1991, 30 (5), 455–465. https://doi.org/10.1002/anie.199104553.
  2. Sabatier, P.; Senderens, J.-B. Action du nickel sur l'éthylène. Synthèse de l'éthane. C. R. Hebd. Séances Acad. Sci. 1897, 124, 1358–1361.
  3. Corey, E. J.; Suggs, J. W. Pyridinium chlorochromate. An efficient reagent for oxidation of primary and secondary alcohols to carbonyl compounds. Tetrahedron Lett. 1975, 16 (31), 2647–2650. https://doi.org/10.1016/S0040-4039(00)75204-X.
  4. Greene, T. W.; Wuts, P. G. M. Protective Groups in Organic Synthesis, 3rd ed.; John Wiley & Sons: New York, 1999.