カルボカチオンの転位とは、正電荷をもつ炭素の隣の炭素から、水素やアルキル基(アリール基のこともある)が結合の電子対ごと移り、カルボカチオンの炭素骨格が組み替わる反応です1,2。多くの場合、より安定なカルボカチオンへ向かって進みます1。
SN1反応の記事やE1反応の記事では、カルボカチオンを経る反応で炭素骨格の組み替わった生成物ができることを見ました。そこでは「より安定なカチオンに移る」という結果だけを扱いました。
この記事では、そもそもなぜ隣の結合が動けるのかを軌道の重なりから考え、どんなときに転位が起こり、どんなときに起こらないかを整理します。そのうえで、環が広がる転位、テルペンの研究から名前のついたWagner–Meerwein転位、1,2-ジオールがケトンになるピナコール転位、エポキシドがカルボニル化合物になるMeinwald転位を見て、最後に生成物の炭素骨格から転位を見抜く手順をまとめます。
アルケンにHClを付加させると、予想した生成物とは炭素骨格の違う生成物ができることがあります。1930年代にペンシルベニア州立大学のWhitmoreはこのような転位を見つけ、反応の途中でできるカルボカチオンが組み替わるためだと考えました1。この観察は、求電子付加がカルボカチオンを経て進むことを支える有力な証拠の1つになっています1。
たとえば3-メチル-1-ブテンにHClを付加させると、予想どおりの2-クロロ-3-メチルブタンに加えて、2-クロロ-2-メチルブタンがかなりの量できます1。プロトンが付加してできた第二級カルボカチオンで、隣の炭素の水素が結合の電子対ごと移り、より安定な第三級カルボカチオンになるためです1(図1上)。
水素が電子対ごと移ることは、ヒドリドイオン(H:⁻)が移ることと形式的に同じなので、これをヒドリド移動(1,2-水素移動)と呼びます1。同じように、メチル基などのアルキル基が電子対ごと移るものをアルキル移動(1,2-メチル移動など)と呼びます1(図1下)。まとめて1,2-シフトといいます。
2つの例に共通するのは、移る基(H:⁻またはCH3:⁻)が結合の電子対を持ったまま正電荷の隣の炭素へ移ること、そして不安定なカチオンがより安定なカチオンに変わることです1。
「1,2」は、基が出ていく炭素と、基が着く炭素が隣り合っていることを表します。移る基は電子対を持って移るので、基が抜けた側の炭素が今度は電子の足りない炭素、つまり新しい正電荷の炭素になります。正電荷は消えるのではなく、隣の炭素に移ります。
カルボカチオンの正電荷をもつ炭素は、平面の形をしていて、その平面に垂直な空のp軌道をもっています。立体電子効果の記事では、隣の炭素のC–H結合やC–C結合の電子がこの空のp軌道へ少し流れ込む超共役が、カルボカチオンを安定にすることを見ました。そこで流れ込みが起こる条件は、結合とp軌道が平行に並ぶことでした。
1,2-シフトは、この流れ込みが行き切ったものと見ることができます。移る基と元の炭素の間の結合(電子の詰まったσ軌道)が、空のp軌道と同じ向きにそろって部分的に重なることが、移動に必要だと考えられています(図2)。この説明は、Meinwald転位(4-2節)の機構を論じた論文によるものです3。
移動の途中(遷移状態)では、正電荷は出発点の炭素、着く先の炭素、移る基の3つに分かれて広がっていると考えられます2。電子の詰まった軌道が空の軌道へ電子を出すという見方は、フロンティア軌道論のHOMOとLUMOの相互作用と同じ形をしています。電子を出す側は移る基の結合のσ軌道、受け取る側は空のp軌道です。
ここで電子を出すσ軌道は、カチオン全体のHOMO(電子の入ったいちばん高い軌道)そのものとは限りません。「移る結合のσ軌道がHOMOの役割、空のp軌道がLUMOの役割を担う」という、局所的な見方として使ってください。水素が移るときは C–H 結合のσ軌道、メチル基が移るときは C–C 結合のσ軌道が電子を出します。
図3は、第二級カルボカチオンが1,2-シフトで第三級カルボカチオンに変わるときのエネルギーの変化を模式的に描いたものです。転位の前後はどちらもカルボカチオンで、山(遷移状態)を1つ越えて、より低い谷へ移ります。
転位はとても速く進むことがあります。カルボカチオンを溶液中で長く生かしておく方法を開発したOlahは、2-ノルボルニルカチオン(二環式のカルボカチオン)の溶液を室温で調べたとき、NMRのピークが1本の幅広いものになったと述べています。ヒドリド移動とWagner–Meerwein転位で、すべての位置がすばやく入れ替わっていたためです4。−70 °Cでは一部のヒドリド移動が止まり、残りのヒドリド移動とWagner–Meerwein転位まで止まって見えたのは、過冷却した溶液を−159 °Cまで冷やしたときでした4。この2-ノルボルニルカチオンの入れ替わりは、同じ形のカチオンどうしの間で起こる転位で、移った後の方が安定になるわけではありません。
転位が骨格の変わった生成物を与えるのは、多くの場合、移った後のカチオンの方が安定になるときです1(環のひずみが減る場合は3節)。カルボカチオンの安定性は、おおむね次の順に高くなります2。
メチル < 第一級 < 第二級 ≈ アリル < ベンジル ≈ 第三級
第二級から第三級へ、あるいは共鳴で正電荷を分散できる位置へ移れるとき、転位が起こりえます。逆に、どの基が移っても今より安定にならず、ひずみも減らないときは、骨格の変わった生成物を与える転位は起こりにくくなります。たとえばtert-ブチルカチオンでは、正電荷の炭素の隣の炭素は3つともメチル基で、水素しか付いていません。その水素が移っても第一級カチオンになるだけなので、ふつうの条件では転位しません(SN1の記事の例題)。
正電荷をもつ(またはそれに近い、電子の足りない)炭素ができない反応では、この記事で扱う型の1,2-シフトはふつう起こりません。SN2反応やE2反応は1段階で進むので、組み替わる中間体がありません。臭素の付加のように橋かけのイオン(ブロモニウムイオン)を経る反応でも、骨格の転位はほとんど見られません(求電子付加の記事)。
より安定なカチオンに移れる場合でも、転位が必ず起こるわけではありません。カルボカチオンのそばには求核剤がいるので、転位する前に捕まれば、骨格の変わらない生成物になります。
3,3-ジメチル-1-ブテンにHClを付加させると、骨格の変わらない3-クロロ-2,2-ジメチルブタンと、メチル基が移った2-クロロ-2,3-ジメチルブタンが等量ずつできます1(図4)。第二級カチオンの一部は転位する前に塩化物イオンに捕まり、残りは転位してから捕まったと考えられます。3-メチル-1-ブテンの場合も、図1のヒドリド移動を経た生成物は「かなりの量」であって、全部ではありません1。
カルボカチオンはふつう寿命が短く、長いあいだ直接は観測できなかったため、反応の途中に一瞬だけ現れる不安定な化学種だと考えられていました4。Olahは、きわめて強いルイス酸である五フッ化アンチモン(SbF5)でフッ化アルキルをイオン化し、カルボカチオンを溶液中で長く存在させることに成功しました4。周りの陰イオン(SbF6⁻など)が求核剤として働きにくいことが、カチオンの安定に大きく効いています4。
この方法で、1962年にtert-ブチルカチオンが報告されました4。同じ方法で第二級のイソプロピルカチオンも観測され、正電荷の炭素に直接付いた水素のNMRのピークは、ふつうの有機化合物よりずっと低磁場の13.5 ppmに7本に分かれて現れました4。SbF5の溶液は液体の二酸化硫黄で薄めて−78 °Cまで冷やして調べ、さらにSO2ClFなどの溶媒でより低い温度まで調べられるようになりました4。
こうした観測は、反応相手がほとんどいない超強酸の溶液で、低温にしてはじめてできたものです。ふつうの反応条件では周りに求核剤や塩基があるので、カルボカチオンは2-1節で見たように、転位するか捕まるかの競争の中にいます。第一級のカルボカチオンはとくに不安定で、SN1の記事の臭化ネオペンチルの例でも「第一級カチオン(あるいはそれに近い状態)」と書いたように、脱離基が完全に外れた形で存在するとは限りません。
カチオンの安定性だけが転位の理由ではありません。角ひずみやねじれひずみ、立体的な混み合いが、アルキル基やアリール基が移ることで解消されるなら、そのような転位もよく起こります2。とくに、小さな環のすぐ外側の炭素に正電荷ができると、環の結合そのものが移って環が広がることがあります。
2-シクロブチルプロパン-2-オールを硫酸の水溶液で処理すると、まず第三級カルボカチオンができます。ところが、ここで四員環の環の結合(メチレン基)が正電荷の炭素へ移り、環が五員環に広がって第二級カルボカチオンになります2(図5)。四員環の角ひずみとねじれひずみが解消されるためです2。
この例では、第三級から第二級へ、カチオンとしては不安定な方向に転位しています。シクロブタンの環ひずみはシクロペンタンよりはるかに大きく(立体配座の記事の6節)、その解消がカチオンの級の損を上回ったわけです。
環が広がった第二級カチオンは、条件によっていくつかの道に分かれます。水に捕まれば2,2-ジメチルシクロペンタノール、プロトンを失えば3,3-ジメチルシクロペンテン、もう一度転位して第三級カチオンになってからプロトンを失えば1,2-ジメチルシクロペンテンになります2。2回目の転位は、環の隣の炭素のメチル基が移るもので、今度は第二級から第三級への、カチオンの安定性で説明できる転位です。
転位を何回か重ねると、生成物の骨格は出発物とずいぶん違って見えます。こうした骨格の変化を追うには、出発物の炭素に番号を振り、生成物でも同じ炭素に同じ番号を付けるのが確実です(5節)。
カルボカチオンの1,2-シフトによる骨格の組み替えは、天然物の構造を調べる研究の中で数多く見つかりました。とくにテルペン類は驚くような反応を次々に示し、その解明に大きく貢献したWagnerとMeerweinの名前を取って、こうした転位はWagner–Meerwein転位と呼ばれます2。
代表例は、テレビン油の成分であるα-ピネンに塩化水素の気体を付加させる反応です。ふつうの条件では、炭素10個の塩化物C10H17Clの結晶が得られます2。これは現在、塩化ボルニルとして知られる化合物です2。α-ピネンは四員環を含む二環式の化合物ですが、塩化ボルニルは六員環を1つの炭素で橋かけしたビシクロ[2.2.1]ヘプタンの骨格をもち、炭素のつながり方が違います2。穏やかな条件では不安定な異性体(ピネン塩酸塩)を取り出すことができますが、これはすぐに塩化ボルニルに変わります2。
α-ピネンでは、二重結合にプロトンが付いてまず第三級カルボカチオンができ、そこから第二級カルボカチオンへの転位が起こります。この転位を有利にするのは、小さな環のひずみの解消です2。塩化ボルニルを塩基で処理すると、α-ピネンと同じ組成のカンフェンができ、ここでも転位が起こって炭素の並びが組み替わります2。
ここでは「第三級カチオンから第二級カチオンへ」と自由なカチオンで説明しましたが、これは単純化です。これらの反応は極性の低い溶媒の中で進むので、周りから切り離されたカルボカチオンを経るとは考えにくく、たとえばピネン塩酸塩が塩化ボルニルに変わる段階では、塩化物イオンが外れるのと同時に、その裏側から移る基が近づく形で進むと考えられています2。
カルボカチオンの転位は、生体内でも起こります。コレステロールなどのステロイドが体内で作られる経路にも、ヒドリド移動が含まれています1。
ピナコール転位は、化学者が「分子の中で原子のつながりが組み替わる反応」として最初に認識した転位です2。2つの炭素にそれぞれOH基が付いた1,2-ジオールを酸で処理すると、ケトン(またはアルデヒド)ができます。
名前の由来になったピナコール(2,3-ジメチルブタン-2,3-ジオール)では、次のように進みます2(図6)。
この転位を進める力は、移った後のカチオンが酸素の非共有電子対で大きく安定化されることです2。第三級カルボカチオンから、さらに安定な、酸素に正電荷を分散できるカチオンへ移るので、メチル移動は下り坂になります。
各段階は、原理的にはどれも逆向きにも進みえます2。最初にできる第三級カルボカチオンは、同位体で標識した水があるとピナコールに戻ることが確かめられています2。また、激しい条件ではピナコロンやピナコールから水が抜けて、2,3-ジメチル-1,3-ブタジエンができます2。
ピナコール転位の生成物はケトン(またはアルデヒド)で、OH基が外れたからといってアルケンになるわけではありません。「酸+アルコール=脱水してアルケン」と覚えていると、ここで間違えます。ジエンができるのは激しい条件のときで、ピナコール転位そのものの生成物ではありません。
左右対称でない1,2-ジオールでは、どちらのOH基が外れるか、そしてどの基が移るかで生成物が変わります。考える順番は次のとおりです2。
ただし、移る基の順位を1本の序列として決めることはできていません2。いくつかの傾向は知られています。フェニル基などの芳香環は、ふつう移りやすい基です2。また、4つのフェニル基をもつベンゾピナコールは、ピナコールよりはるかに穏やかな条件で転位します2。芳香環が隣にあると、移りながら最初のカルボカチオンができるのを助けることも多いとされます2。(CH3)2C(OH)C(OH)RCH3の形のジオールでは、移るRの割合がメチル < エチル ≪ tert-ブチルの順に増えます2。移る基は遷移状態で正電荷の一部を担うので、アルキル基の多い基ほど遷移状態を安定にすると説明されます2。
同じジオールでも、条件で生成物が変わる例もあります。穏やかな酸では水素が移ってアルデヒドができ、より激しい酸の条件で処理すると、より安定なケトンに変わる、という速度支配と熱力学支配の違いが報告されています2(速度支配と熱力学支配)。
同じ型の転位は、1,2-ジオール以外からも起こります。三員環のエーテルであるエポキシドは、強いルイス酸やブレンステッド酸があると、カルボニル化合物(アルデヒドやケトン)に異性化します。これをMeinwald転位と呼びます3。
この反応は、ふつう次のように説明されます。酸がエポキシドの酸素に配位してC–O結合が切れ、ひずんだ三員環が開いてカルボカチオンができる。そこで隣の炭素から水素(またはアルキル基)が1,2-シフトで移り、カルボニル化合物になる3。ピナコール転位と比べると、カチオンができる方法が違うだけで、その後の1,2-シフトとカルボニルの生成は同じです。
たとえばスチレンオキシドは、フェニルアセトアルデヒドに異性化します3(図7)。スチレンオキシドイソメラーゼという酵素もこの反応を進め、酵素の中ではヘムの鉄(III)がルイス酸として働くことが報告されています3。
エポキシドの開環そのもの(酸性・塩基性で求核剤がどちらの炭素を攻撃するか)は、アルケンの酸化の記事で扱っています。
問題を解くときに転位を見落とさないための手順を、図4の反応で確かめてみます。出発物の3,3-ジメチル-1-ブテンの炭素に1から6まで番号を振り、生成物でも同じ炭素に同じ番号を付けます。
生成物の2-クロロ-2,3-ジメチルブタンでは、炭素4が炭素2に付いていて、塩素は炭素3に付いています(ここでの番号は出発物から引き継いだもので、化合物名の位置番号とは別です)。出発物では炭素3に付いていたメチル基が、隣の炭素2へ1つずれたことが番号から読み取れます。生成物の炭素骨格が出発物と違っていたら、カルボカチオンの転位を疑うのが第一歩です。
同じ手順で、アルコールの酸触媒脱水も予想できます。3,3-ジメチル-2-ブタノールを酸で処理すると、OH基が水として外れて図4と同じ第二級カチオンができるので、メチル基が移って第三級カチオンになり、Zaitsev則に従って置換基の多い2,3-ジメチル-2-ブテンが主にできると予想されます。
ほかの記事で見た転位も、同じ見方で読めます。フリーデル・クラフツアルキル化で1-クロロプロパンから転位したクメンが多くできることがあるのは、ヒドリド移動の例です。一方、アリル位の臭化物どうしの入れ替わり(アリル転位)は、隣の炭素から基が移る反応ではなく、別の型です。
なお、ペリ環状反応の言葉では、アルキル基の1,2-シフトは[1,2]シグマトロピー移動に分類されます2。ただし、教科書でよく見る[3,3]シグマトロピー転位(Claisen転位など)は、カルボカチオンを経ずに環状の遷移状態で進む反応で、この記事の転位とは別に扱います。
Q1. 3,3-ジメチル-2-ブタノールを酸で脱水すると、主生成物は3,3-ジメチル-1-ブテンではなく2,3-ジメチル-2-ブテンになると予想されます。なぜですか。
A1. 酸触媒の脱水はカルボカチオンを経るからです。OH基が水として外れてできる第二級カチオンの隣の炭素には、メチル基が3つ付いています。そのうち1つが移ると第三級カチオンになり、より安定になります。この第三級カチオンからプロトンが外れるとき、Zaitsev則に従って置換基の多い2,3-ジメチル-2-ブテンができます。3,3-ジメチル-1-ブテンは、転位せずに第二級カチオンからプロトンが外れた場合の生成物です。
Q2. ビニルシクロヘキサンにHBrを付加させると、1-ブロモ-1-エチルシクロヘキサンができます1。どのように説明できますか。
A2. プロトンが末端の炭素に付くと、環の外の炭素に第二級カチオンができます。隣の環の炭素から水素が電子対ごと移ると(ヒドリド移動)、正電荷が環の炭素に移り、エチル基の付いた第三級カチオンになります。ここに臭化物イオンが付くと、1-ブロモ-1-エチルシクロヘキサンになります。
Q3. 2-シクロブチルプロパン-2-オールを酸で処理すると、最初にできる第三級カチオンから第二級カチオンへの転位が起こります。安定性の低い方向への転位が起こるのはなぜですか。
A3. 移るのが四員環の環の結合で、移った後に環が五員環に広がるからです。四員環の大きな角ひずみとねじれひずみが解消される効果が、第三級から第二級になる損を上回ります。転位を進める理由はカチオンの安定性だけではありません。
Q4. 左右対称でない1,2-ジオールのピナコール転位で、生成物を予想するときに考えることを挙げてください。生成物はアルケンですか、ケトンですか。
A4. まず、どちらのOH基が外れるとより安定なカルボカチオンができるかを考え、次に隣の炭素のどの基が移るかを考えます。移る基は基ごとの移りやすさだけでなく、立体的な混み合い、生成物の安定性、反応条件でも変わり、1本の序列では決められません。生成物はケトン(またはアルデヒド)です。移った後のカチオンは酸素の非共有電子対で安定化されたカルボニル化合物の共役酸で、プロトンを失ってカルボニル化合物になります。
Q5. tert-ブチルカチオンは、ふつうの条件では転位しません。また、臭素の付加でブロモニウムイオンを経る反応でも、骨格の転位はほとんど見られません。それぞれ理由を説明してください。
A5. tert-ブチルカチオンの正電荷の炭素の隣は3つともメチル基の炭素で、水素しか付いていません。その水素が移っても第一級カチオンになるだけで、今より安定にならないからです。ブロモニウムイオンでは、臭素が2つの炭素に橋をかけていて、正電荷をもつ炭素が空のp軌道をむき出しにした開いたカルボカチオンにならないので、1,2-シフトが起こりにくくなります。
カルボカチオンの転位は、正電荷の炭素の隣にあるC–H結合やC–C結合が、空のp軌道と平行に並んで電子を流し込み、そのまま隣へ移ってしまう反応です。移る基は電子対を持って移るので、正電荷は基が抜けた側の炭素に移ります。骨格の変わった生成物ができるのは、多くの場合、移った後のカチオンがより安定になるか、環のひずみが解消されるときで、カチオンが転位する前に求核剤に捕まれば骨格は変わりません。
同じ1,2-シフトが、テルペンの骨格を組み替えるWagner–Meerwein転位、1,2-ジオールをケトンに変えるピナコール転位、エポキシドをカルボニル化合物に変えるMeinwald転位の中心にあります。生成物の炭素骨格が出発物と違うときは、炭素に番号を振って、どの結合が隣へずれたかを追ってみてください。