右手を鏡に映すと左手の形になりますが、右手と左手そのものは重ねられません。分子にも同じことが起こります。
4つの異なる原子・置換基がついた炭素(不斉炭素)は、鏡像どうしが重ならない2つの形を取ります。この2つを区別するための表記がRとSです。
不斉炭素に4つの異なる基が結合しているとき、まずそれぞれの基に優先順位をつけます。この順位づけの方法をCIP順位則と呼びます。
基本ルールはシンプルです。不斉炭素に直接結合している原子の原子番号を比べ、大きい方が優先されます。
| 原子 | 原子番号 |
|---|---|
| Br(臭素) | 35 |
| Cl(塩素) | 17 |
| F(フッ素) | 9 |
| O(酸素) | 8 |
| N(窒素) | 7 |
| C(炭素) | 6 |
| H(水素) | 1 |
直接結合している原子が同じ(たとえばどちらも炭素)で決まらない場合は、その先に付いている3つの原子を、原子番号の大きい順に並べた組どうしで比べます(例:–CH2Br の {Br, H, H} は –C(CH3)3 の {C, C, C} より上位)。これを差がつくまで繰り返します。
ここで紹介したのは基本ルール(Sequence Rule 1)です。二重結合・三重結合は、相手の原子が重複してついているとみなして比べる約束があります。また、同位体(質量数)で比べるRule 2をはじめ、Rule 2〜5というさらに細かい規則もあります。ここでは最も基本的な、原子番号だけで決まるケースに絞って説明しています。
優先順位が決まったら、あとは手順通りに進めるだけです。
CHFClBr(ブロモクロロフルオロメタン)で確かめてみましょう。原子番号を比べると、優先順位はBr > Cl > F > Hの順になります。
骨格式では、手前に向く結合はくさび形の実線、奥に向く結合は破線で描かれます。最も優先順位が低い基(この例ではH)が破線(奥)にある状態を確認します。
残り3つの基を、優先順位が高い順にたどります。時計回りならR、反時計回りならSです。
H(破線・奥)が優先順位最下位。見えているBr→Cl→Fを時計回りにたどれるので、この構造はR体。実際にたどってみると、Br(くさび形・左上)からCl(右下)、F(左下)へと、時計回りに進みます。したがってこの構造はR体、正式には(R)-bromochlorofluoromethaneです。
優先順位1位を出発点にして、2位・3位へと線を引くように追うと、回転方向を見誤りにくくなります。
もし最も優先順位が低い基が、破線ではなくくさび形(手前)に描かれていたらどうなるでしょうか。図2で確かめてみましょう。
H(優先順位最下位)がくさび形(手前)、Br(優先順位1位)が破線(奥)にある。見えているBr→Cl→Fをそのままたどると時計回り(Rに見える)ですが、最も優先順位が低いHが手前にあるため、これは誤りです。
最も低い基が手前にあるときは、見えている回転方向をそのまま読まず、逆にする必要があります。最下位の基が手前にあると、規則とは反対側から眺めていることになるので、回転方向が逆に見えるためです。図2の場合、見た目は時計回りでも、正しい配置は逆のSになります。
直接結合している原子が同じ場合、その先を比べずに「同じだから優先順位も同じ」と判断してしまう間違いもよくあります。差がつくまで、必ず先の原子まで比較を続けてください。
Q1. CIP順位則で、不斉炭素に直接結合している原子が同じだった場合、次に何を比べますか?
A1. その原子からさらに先に付いている原子を、原子番号の大きい順に並べた組どうしで比べます。差がつくまでこれを繰り返します。
Q2. 図2の構造で、見えているBr→Cl→Fは時計回りですが、正しいR/Sは何ですか?
A2. Sです。最も優先順位が低いHがくさび形(手前)にあるため、見えている回転方向を逆にする必要があります。
Q3. 図1の構造で、BrとClの位置を入れ替えると、R/Sはどうなりますか?
A3. Sに変わります。どの2つの基を入れ替えても、鏡像の関係になるため配置は必ず反転します。
手順は分かっても、実際の構造で優先順位をつける練習をしないと定着しにくいところです。IUPAC命名ドリルのR/S配置カテゴリで、いろいろな組み合わせを試してみてください。