慣用名と系統名の記事では、酢酸やフェノールのような慣用名が、IUPACの規則の中で正式に残された「保持名」であることを見ました。その記事の冒頭で、フラン・ピリジン・インドールのような複素環の慣用名は枠組みがかなり異なるので別に扱う、と予告していました。この記事はその続きです。
ピリジン(pyridine)という名前には、六員環であることも、窒素を1つ含むことも書かれていません。それでも、ピリジンはIUPACの優先IUPAC名(PIN)そのものです1。
この記事では、まずヘテロ原子と環の大きさから名前を組み立てる系統名の仕組みを見て、それと保持名がどう分担しているかを確かめます。そのうえで、単環と縮合環の代表的な保持名、環の番号の付け方、「1H-ピロール」の「1H」(指示水素)の意味を整理し、最後に名前から窒素の性質を読む方法につなげます。
環をつくる原子に炭素以外の元素(ヘテロ原子)を含む環状化合物を、ヘテロ環化合物(複素環化合物)と呼びます。芳香族性とヒュッケル則の記事で見たピリジンやピロールがその例です。
IUPACの規則では、置換基を表す接頭語や接尾語を付ける前の骨格を親水素化物(parent hydride)と呼びます1。ピリジンやフランは、この親水素化物の名前です。置換基は、この名前に付け足していきます。
慣用名と系統名の記事で見たフェノールは、–OHという特性基を含んだ「官能性親化合物」の名前でした。ピリジンやフランは、水素だけが付いた環の骨格そのものの名前で、規則の中での位置づけが違います。
環の原子が10個以下のヘテロ単環は、Hantzsch–Widman方式(拡張Hantzsch–Widman方式)の系統名で名付けられます1。名前は、ヘテロ原子を表す接頭語と、環の大きさと水素化の程度を表す語幹をつなげて作ります1。
接頭語は、酸素がoxa、硫黄がthia、窒素がazaです1。接頭語どうしの間や、接頭語と語幹の間で後ろが母音のときは、接頭語の末尾の「a」を省きます1(子音の前では残り、oxa+thiolaneはoxathiolaneです1)。語幹は、二重結合をもてるだけもつもの(不飽和)と、二重結合をもたないもの(飽和)とで違います(表1)。
| 環の大きさ | 不飽和 | 飽和 |
|---|---|---|
| 五員環 | ole | olane(窒素を含むときは olidine) |
| 六員環(O・S など) | ine | ane |
| 六員環(N など) | ine | inane |
| 七員環 | epine | epane |
たとえば、硫黄と窒素を1つずつ含む不飽和の五員環は、thia+aza+oleから「a」を2つ省いてthiazole(チアゾール)になります(図1)。同じ元素が2つあるときはdiなどの倍数接頭語を付け、酸素を1位と3位に2つ含む飽和の五員環は1,3-dioxolane(1,3-ジオキソラン)です1。
oleとolaneに分かれる。この方式の名前は、原則としてそのまま優先IUPAC名(PIN)になります1。ただし例外が2つあり、窒素を1つ含む六員環にazine、酸素を1つ含む六員環にoxineという名前は使いません1。azineは=N–N=をもつ化合物の分類名として長く使われてきたためで、ピリジンをazineと呼んではならないと明記されています1。oxineは、キノリン-8-オールの慣用名として使われてきたためです1。
なお、原子が11個以上のヘテロ単環には、シクロアルカンなどの名前にoxaやazaを付ける骨格代置命名法(「ア」命名法)を使います1。
一方、ピリジン・フラン・ピロールのような名前は、Hantzsch–Widman方式とは別に、IUPACが環の骨格ごとに残した保持名です。単環の保持名は勧告のP-22.2.1に1、2つ以上の環が辺を共有してつながった縮合環の保持名はP-25.2.1に2、それぞれ表としてまとめられています。
つまり、ヘテロ環の名前には「規則から組み立てる系統名」と「骨格ごとに覚える保持名」の2つがあり、よく使う骨格の多くは保持名で呼ばれます。2節と3節で、その代表を単環と縮合環に分けて見ていきます。
二重結合を累積させずにもてるだけもつ単環(芳香族のピリジンやフランなど)の保持名は、表2のように定められています1。
| 名前 | 環 | ヘテロ原子 | PIN |
|---|---|---|---|
| フラン | 五員環 | O | furan |
| チオフェン | 五員環 | S | thiophene |
| ピロール | 五員環 | N | 1H-pyrrole |
| イミダゾール | 五員環 | N, N | 1H-imidazole |
| オキサゾール | 五員環 | O, N | 1,3-oxazole |
| イソオキサゾール | 五員環 | O, N | 1,2-oxazole |
| チアゾール | 五員環 | S, N | 1,3-thiazole |
| ピリジン | 六員環 | N | pyridine |
| ピリミジン | 六員環 | N, N | pyrimidine |
| ピラン | 六員環 | O | 2H-pyran |
フラン・チオフェン・ピリジン・ピリミジンは、保持名がそのままPINです1。ピロールとイミダゾールは、PINでは窒素に付いた水素の位置を示す「1H-」を付けます1。この「1H」の意味は4-3節で見ます。
オキサゾールとチアゾールは、保持名として表に載っていますが、PINでは1,3-oxazole・1,3-thiazoleのように番号を付けて書きます1。これは1-1節のHantzsch–Widman方式の名前と同じ形で、実際に1,3-thiazoleはその方式の例としても挙げられています1。イソオキサゾールのPINは1,2-oxazoleで、「イソ」という言い方はPINには残りません1。
図2に、表2のうち6つの構造と番号を示します。
二重結合をもたない飽和の環にも保持名があり、ピロリジン(pyrrolidine)・ピペリジン(piperidine)・ピペラジン(piperazine)・モルホリン(morpholine)などは、保持名がそのままPINです1。
ヘテロ環を含む縮合環にも、骨格ごとの保持名があります。勧告のP-25.2.1の表には、アクリジン・カルバゾール・キノリン・イソキノリン・プリン・インドールなどの名前が、縮合環を名付けるときの優先順位の高い順に(ここに挙げた順で)並んでいます2。キノリン・イソキノリン・インドール・プリンは、よく出てくる多環のヘテロ環として教科書でも取り上げられています3。
インドール(indole)は、ベンゼン環とピロール環が辺を共有した形です。芳香族性の記事で名前だけ出てきた、アミノ酸のトリプトファンに含まれる環でもあります。PINは1H-indoleです2。
注意したいのは、インドールという名前が「ベンゼン」と「ピロール」から組み立てた名前ではないことです。縮合環の保持名は、縮合した骨格全体に1つの名前として付いています2。
それがよく分かるのが、ベンゼン環とフラン環が縮合した化合物です。この骨格は保持名の表にはなく、ベンゼン環とヘテロ単環をひとまとまりとして「benzo」+単環の名前で表す規則で、1-ベンゾフラン(1-benzofuran)と名付けます2。インドールとは酸素とNHが入れ替わっただけの形なのに、名前の作り方が違います(図3)。
1-ベンゾフランの「1-」は、酸素の位置を示す番号です。一般命名法では、紛れがなければこの番号を省いてbenzofuranと書いてよいのですが、PINでは番号を必ず書きます2。酸素の位置が縮合位から1つ離れた異性体は2-ベンゾフラン(2-benzofuran)で、勧告の例にはイソベンゾフラン(isobenzofuran)という名前も並べて載っています2。
キノリン(quinoline)とイソキノリン(isoquinoline)は、どちらもベンゼン環とピリジン環が縮合した形で、窒素の位置だけが違います。それぞれに別の保持名があり、どちらも保持名がそのままPINです2。
置換基の位置を言うには、環の番号が必要です。ここでは、単環・縮合環の番号の付け方と、番号と組で使う指示水素を見ます。
ヘテロ原子が1つの単環では、そのヘテロ原子を1番にします1。ピリジンの窒素も、フランの酸素も1番で、そこから環を一周して番号を振ります(図2)。続編で扱う「ピロールの2位」は、窒素の隣の炭素のことです。
同じ元素のヘテロ原子が2つ以上あるときは、ヘテロ原子の番号の組ができるだけ小さくなるように振ります1。ピリミジンの窒素が1,5ではなく1,3になるのはこのためです。
元素の種類が違うヘテロ原子があるときは、決められた元素の順(O、S、N の3つの中では酸素がもっとも先)で先に来る元素を1番にします1。1,3-チアゾールで、窒素ではなく硫黄が1番になるのはこのためです(図1)。そのうえで、残りのヘテロ原子にできるだけ小さい番号を振ります1。
縮合環では、決められた向きに環を置いてから、周囲の原子をひと回りして番号を振ります2。2つの環が共有する縮合位の炭素には独自の番号を与えず、直前の番号に「a」を付けて4a・8aのように呼びます2。向きの選び方に複数の候補が残るときは、ヘテロ原子の番号の組が小さくなるものを選びます2。
このため、縮合環ではヘテロ原子がいつも1番になるとは限りません。番号は縮合位の隣の原子から始まるので、キノリンでは窒素が1番ですが、ヘテロ環の側で縮合位の隣がどちらも炭素のイソキノリンでは、窒素は2番です(図3)。ベンゾフランの「1-」「2-」も同じで、ベンゼン環とヘテロ単環をまとめた名前では、縮合位の隣のヘテロ環の原子を必ず1番にします2。
プリンは、アクリジンやカルバゾールなどと同じく例外で、勧告の表で「special numbering(特別な番号付け)」と指定されています2。ピリミジン環の側を1〜6とし、縮合位の炭素も4と5という普通の番号で呼び、五員環の側を7・8・9とします(図4)。
ピロールの五員環に、二重結合を累積させずにもてるだけ入れると、2つ入ります。すると環の5つの原子のうち1つだけ、両隣と単結合だけでつながった原子が残ります。この原子が水素をもつとき、その位置を名前の前に「1H-」のように書いて示します。これを指示水素と呼びます1。
ピロールでは、窒素がその原子なら1H-ピロール、2番の炭素がその原子(CH2)なら2H-ピロールです(図4上段)。2つは同じ環の骨格をもつ別の化合物なので、名前で区別する必要があります。選べるときは、指示水素の付く原子にできるだけ小さい番号を与えます1。
保持名そのものはピロール・インドールですが、PINでは1H-pyrrole・1H-indoleと指示水素を付けて書きます1,2。
プリンでは、水素が7番の窒素にあるものと9番の窒素にあるものが考えられます(図4下段)。勧告の表に示されているのは7H体で、PINは7H-purineです2。構造式やSMILESで描くときは、どちらの窒素に水素を置いたかを決めることになり、名前もそれに合わせて7Hか9Hかを書き分けます。
芳香族性とヒュッケル則の記事で見たように、ピリジンの窒素の非共有電子対は環の面内のsp2混成軌道にあってπ系に加わらず、ピロールの窒素の非共有電子対は芳香族のπ系の一部です。そのため、ピリジンは塩基として働き、ピロールはほとんど塩基性を示しませんでした。
ここまでの名前と番号を使うと、1つの分子の中の窒素がどちらの型かを言い分けられます。イミダゾールには窒素が2つありますが、塩基として働くのはそのうち1つだけです3。水素をもたない3番の窒素がピリジン型で、1Hの付いた1番の窒素(N–H)がピロール型です。
プリンには窒素が4つあり、そのうち3つがピリジン型で、非共有電子対を環の面内のsp2混成軌道にもちます3。残りの1つは塩基性のないピロール型で、非共有電子対が芳香族のπ電子系に含まれます3。7H-プリンなら、水素の付いた7番の窒素がこのピロール型です。インドールの窒素もピロール型で、塩基性を示しません3。
この記事で扱った芳香族の例では、指示水素の付いた窒素がピロール型の窒素にあたります。ただし、2H-ピロールのように指示水素が炭素に付く化合物もあり、「指示水素=ピロール型の窒素」がいつも成り立つわけではありません。
Q1. インドールとキノリンの名前は、ピロールやピリジンの名前に何かを付け足して組み立てた名前ですか。
A1. いいえ。どちらも、縮合した骨格全体に付けられた保持名です。これに対して、ベンゼン環とフラン環が縮合した骨格には保持名がなく、「benzo」と単環の名前を組み合わせて1-ベンゾフランと名付けます。
Q2. ピロールの窒素は環の何番ですか。キノリンとイソキノリンでは、窒素はそれぞれ何番ですか。
A2. ピロールの窒素は1番です(単環ではヘテロ原子を1番にする)。キノリンの窒素は1番、イソキノリンの窒素は2番です。縮合環では周囲をひと回りする決まった順で番号を振るので、ヘテロ原子が1番になるとは限りません。
Q3. 1,3-チアゾールで、窒素ではなく硫黄が1番になるのはなぜですか。
A3. 種類の違うヘテロ原子があるときは、O、S、N の順で先に来る元素を1番にするからです。硫黄は窒素より先なので1番になり、そのうえで窒素ができるだけ小さい番号になるように振ると3番になります。
フラン・ピリジン・インドールのような名前は、IUPACが環の骨格ごとに残した保持名で、単環はP-22.2.1、縮合環はP-25.2.1の表にまとめられています。一方で、ヘテロ原子と環の大きさから名前を組み立てるHantzsch–Widman方式の系統名もあり、オキサゾールやチアゾールのPINはその形(1,3-oxazole・1,3-thiazole)で書きます。
環の番号は、単環ではヘテロ原子を1番にし、縮合環では周囲をひと回りして縮合位に「a」を付けます。ピロールの「1H」のような指示水素は、水素の付いた位置を示して、同じ骨格の別の化合物と区別するための印です。番号と指示水素が読めれば、名前からピリジン型とピロール型の窒素を見分けることもできます。